内容説明
現在、多様性の尊重が価値あるものと称揚されている一方で、格差や差別などの文脈でも多様な子どものあり方に注目が集まっている。保護と教育の網の目が子どもを絡め取っていることへの批判が繰り返されているが、同時に子ども時代の生存と教育の保障が重要視されてもいる。
かつてフィリップ・アリエス『〈子供〉の誕生』が、子どもを保護し教育すべきと見なす感覚が歴史的なものだと明らかにし、社会的なインパクトを与えた。だが、近代になって「誕生」した子ども観が現代では隅々まで行き渡り、子どもを苦しめているという単線的な歴史像では、多様な子どもをめぐる排除と包摂が交錯する現代を考える力とはなりえない。
工場や曲芸で稼ぐ年少者、虐待された貰い子、孤児・棄児・浮浪児、金銭を積極的に消費する年少者――日本の戦前期の多様な年少者の生とそれを取り巻く社会的な言説や制度を丁寧に掘り起こし、素朴な誕生論とは異なった多様なまなざしと実践の交錯を明らかにすることで、子どもと子ども観の近代を描き直す。
目次
はじめに――二〇二〇年代初頭の光景から 元森絵里子
序 章 子ども観の近代性と多様性への視角――「誕生」図式を問い直す 元森絵里子
1 「子どもの誕生」を問い直す視角
2 メタファーとしての「複合体」と「逃走線」
3 本書の構成
第1章 「稼ぐ子ども」をめぐるポリティクス――児童保護をめぐる多様な論理 元森絵里子
1 多様な論理の存在――児童保護規範の浸透図式を問い直す
2 子どもを働かせない理由/働かせる理由――工場法の年齢規定
3 「憐れな子ども」の社会問題化と消費――曲芸する子ども
第2章 貰い子たちのゆくえ――昭和戦前期の児童虐待問題にみる子どもの保護の接合と分散 高橋靖幸
1 明治期における「児童虐待」の概念
2 法律によって貰い子を虐待から救う
3 岩の坂貰い子殺し事件と児童虐待問題の変化
4 新たな貰い子殺し事件と産院・産婆問題
5 児童虐待防止法の成果の無効化
第3章 孤児、棄児・浮浪児の保護にみる「家庭」/「教育」――戦前期の東京市養育院での里親委託の軌跡から 土屋 敦
1 近代的子ども観の単線的な「誕生→浸透」図式を再考する
2 東京市養育院はどのような場所だったのか
3 「子どもの生存」のための里親委託の増加――一九〇〇年代初頭―一〇年代半ば
4 子どもの死亡率の改善と里親委託批判の形成――一九一〇年代半ば―三〇年代初頭
5 一般家庭児童に比する施設児童の「発達の遅れ」という視角の形成
第4章 消費する年少者と家族の戦略――「活動写真」から「映画」へ 貞包英之
1 年少者の消費を問い直す
2 活動写真を見る年少者
3 「映画」の誕生
4 こづかいという鎖
5 発声漫画映画と紙芝居
6 サブカルチャーの発生とゆらぎ
終 章 多様性としての近代から現代へ 元森絵里子
1 多様性としての子どもの近代
2 子どもの現代の系譜学的相対化へ
おわりに 高橋靖幸