RM Library(RMライブラリー) Vol.311 - 旭川市街軌道・旭川電気軌道 歴史・沿革編 日本最北

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RM Library(RMライブラリー) Vol.311 - 旭川市街軌道・旭川電気軌道 歴史・沿革編 日本最北

  • ISBN:9784777056231

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内容説明

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北海道第2の都市・旭川には、かつて1927(昭和2)年開業の旭川電気軌道と、1929(昭和4)年開業の旭川市街軌道という2つの鉄道が存在していました。両者は街の人口増加に伴い路線網を拡大、市民や兵員の輸送に重要な役割を果たしました。
しかし旭川市街軌道は戦争による設備更新の遅れから経営環境が悪化、1956(昭和31)年にはバスに転換する形で廃止、残った旭川電気軌道は1960年代後半には年間利用者が200万人を超えたものの、1970年代になると乗客が減少、並行する国鉄宗谷本線の高架化に支障することもあり1972(昭和47)年限りで廃止されました。「旭川電気軌道」の名称はバス会社として引き継がれ、鉄道廃止後半世紀を経た現在でも市民にその名が知られています。
『歴史・沿革編』ではこの2つの鉄道の誕生と、その後50年の街の記録を解説します。
【内容】
はじめに
1 旭川市街軌道沿革
 1.1 前史1 初期の旭川市街地の形成過程
 1.2 前史2 上川馬車鉄道
 1.3 前史3 馬車鉄道廃止後の状況
 1.4 旭川市内路線を巡る争い
 1.5 旭川市街軌道の成立
 1.6 「市内電車」の開通
 1.7 師団線の開通
 1.8 旭橋の開通
 1.9 牛朱別川の河道変更
 1.10 戦時体制下の旭川市街軌道
 1.11 一条・四条線の廃止
 1.12 市営化に向けた論議
 1.13 戦後の師団線
 1.14 東六号線の開通
 1.15 東六号線の一部複線化
 1.16 早すぎる廃止
2.旭川電気軌道沿革
 2.1 上川百万石
 2.2 ある青年実業家の夢想
 2.3 「旭川の交通文化は郊外より」
 2.4 貨物輸送の開始と旭川四条駅の開業
 2.5 社長派・専務派の対立と岩崎の退場
 2.6 豊島卯三郎の入社
 2.7 戦争そして終戦
 2.8 追分車庫の火災
 2.9 火災からの復興
 2.10 バス事業の再開と発展
 2.11 廃止へ
統計資料
おわりに
コラム1 知られざる「農村電車」計画

感想・レビュー

※以下の感想・レビューは、株式会社ドワンゴの提供する「読書メーター」によるものです。

えすてい

5
旭川電気軌道は現在も旭川地区最大級のバス会社として盛業中で特に三菱ふそうの3軸バスMR430を復活させたことでもバスファンの間では有名だし、北海道でいち早くノンステップバスを導入している。学生輸送需要が高く大型車が多い。電車は2両が保存されているという。旭川市街軌道は廃止から70年、既に忘れ去られつつあるしなかなか書籍・雑誌・メディアで取り上げられないが、マニアック主義のRMライブラリー、2026年にこうして回顧される意義は大きい。来月発売号は両社の路線・車両編だという。こちらも楽しみである。2026/05/27

えすてい

5
戦前戦後と旭川にあった2つの日本最北の私鉄電車の記録である。一方で2社設立前短期間で消えた馬車鉄道もあったという。前半部は軍都旭川第七師団と切っても切れない旭川市街軌道。敗戦で第七師団はなくなったが、確かにそれで打撃は受けたものの、戦後利用客が回復するも車両や設備の更新ができずに廃止となった。廃止後バス会社となりそれは旭川電気軌道に吸収された。2つ目の旭川電気軌道は農産物輸送が主な目的。勿論旅客輸送もあり戦後は一時期学生輸送需要があったが路線が旭川四条止まりであることや国鉄宗谷本線高架化がとどめを刺した。2026/05/27

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