彼岸を過ぎると、この本を手に取りたくなる。ブラッドベリは古い時代の作家だが、多くの作品は、今でも版を重ね容易に入手することができる。本書も例外ではない。日本語版の『10月はたそがれの国』も初版は1965年だが新本で購入が可能だ。 原著(1955年)の表題には「たそがれ」」の文字はない。夕暮れ時にふと感じる「不安」を醸し出すための翻訳上の工夫だろう。英語では、そのような小細工は必要ではない。 ハロウィーンをひかえたこの月は、不吉なことが起こる時期なのだ。ジャック・フィニーのThe Body Snatchers『盗まれた街』の事件は10月から始まる。スティーブン・キングのUnder the Domeでは、街が正体不明の空からの幕で遮断されるのが10月21日。 ブラッドベリは、この月の特別な意味を、冒頭で記述している。そして、読者は、奇妙な国に足を踏み入れさまようことになる。 米国の怪奇・幻想TV番組のThe Twilight Zone (1959~1964)は、この短編集を意識して作成されたように思う。秋の夜長に、異世界を堪能できる絶品を収録した作品集である。
本書は2002年に岩波書店から刊行された『ボルヘス文学を語る』の新装版である。文庫化に伴い、旧版の「詩的なものをめぐって」という副題をもとに新版の表題を変更にしたように見えるが、正確には、原著(英語版)の題名であるThis Craft of Verseを邦訳した形式である。 「仕事」は英語のcraftに対応する翻訳だが、個人的には産業革命以前の「手作業」を連想する英単語だ。ヴィクトリア朝英国の作家・デザイナーだったウィリアム・モリスが推し進めたArts and Crafts Movementを思い出した。 本文では、著者のボルヘスが、日常的な単語を文学としての「織物」に織り上げていく詩人の詩作は魔術的、と語っている。まさに地味な職人技である。 また、「詩はそこらの街角で待ち伏せしていて、いつ何時、われわれの目の前に現れるやもしれない。」と冒頭に印象的な記述がある。この感覚を体験するにも、文庫になった本書は好都合だろう。外出時には持ち歩生き、凝視を強要するスマホをしまって頁をめくれば、いつもと異なる詩の世界が目の前に広がるかもしれない。