読書という航海の本棚

アビ・ヴァールブルク記憶の迷宮（新装版）

表題にあるアビ・ヴァールブルクという人…

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表題にあるアビ・ヴァールブルクという人物は、19世紀後半から20世紀初頭の美術史家であるが、私にとっての最初の出会いは文化人類学者としての著作を通してだった。2008年に岩波文庫から刊行された『蛇儀礼』を読んだ時だった。北アメリカ大陸の西部開拓史から消された原住民の文化・生活習慣等を垣間見ることが目的だった。
　それ以来、この研者を忘れたのも同然だったが、最近、「ムネモシュネ」という領域に関心が高くなり、「記憶の迷宮」という題名で本書を手にとった次第だ。
　今回の読書には大きな意味があった。ヴァールブルクは単なる文化人類学者でも、美術史家でもないことが分かったことだ。ヨーロッパ精神史を苦悩と挑戦の視点から書き残した異貌の思想家である。この研究者の業績の全貌は、上記の『蛇儀礼』も含めて、『ヴァールブルク著作集』全7巻（ありな書房）で入手できる。本書は、その壮大は著述の迷宮を逍遥するための絶好の入門書である。哲学的、文芸的、そして美術的な展開に加え、記憶としての写真をめぐる論述は、メディア論としても読みごたえがある。
　母国ドイツでの二つの大戦経験の中、ユダヤ人としての苦悩をかかえ精神を患いながらも、ルネサンスという文化的な転換期を、真摯な眼差しで見つめ続けた研究者としての姿勢を貫いた人生は、大河小説をも凌ぐ物語性に満ちている。
　最も印象的だった業績は、1924年に私設文庫の建築を設計した際に、ヴァールブルクは楕円形のホールを作ることを決めたことである。円ではなく焦点が二つある楕円を学術の空間として用意したのだ。これは、まさに、先月読み終えたThe　Breaking　of　the　Circle（Marjorie　Hope　Nicolson）のイメージそのものだ。知の意識が宇宙空間へ飛翔する仕掛けである。
　今回の読書は『悲劇の誕生』（ニーチェ）や『狂気の歴史』（フーコー、コメント参照）の復習でもあり、また、アルベルト・マンゲル　『図書館　愛書家の楽園（白水社）やヴァールブルク自身の著作へと読書の地平を広げてくれる予習ともなった。来年の読書がさらに充実する予感に満ちた至福の読書体験。

アビ・ヴァールブルク、ムネモシュネ

乱歩と正史 - 人はなぜ死の夢を見るのか講談社選書メチエ

先日、『モダニズム・ミステリの時代―探…

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検閲、終戦、江戸川乱歩、横溝正史

思想のドラマトゥルギー平凡社ライブラリー

林達夫の本を読もうと探していた時に、い…

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演劇、思想

三人の乙女たち岩波文庫

著者のフランシス・ジャムは19世紀生ま…

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著者のフランシス・ジャムは19世紀生まれのフランス人作家。久しぶりに癒されるような優しい物語を読みたくなり、この作品集を購入した。
　表題のとおり、三人の若い女性の異性との出合いと心情を、草花の美しい情景を背景に、誌的に描く短編小説集だ。カバーに「美しい３つの物語」とあるとおりである。
　しかしながら、フランス文学には「毒」があるという偏見が、この本でも、あながち的外れではないことが感じられた。最初の少女は、イエスの血ともいえる葡萄酒は飲まないのに阿片チンキを飲んでしまう。時代は少し下るが、コクトーを思い出す件だった。
　さらに「奇」が続く。二人目の少女は、孤独だった。その彼女が気晴らしで案内されるのが、「冒険小説のようにいろんな物に満ちあふれた別世界の匂いがただよう古い館」だった。これは、まさに「驚異の部屋」ではないか。この場面では、私も海外、特に中国から持ち運ばれた数多くの陳列品を堪能した。「シノワズリ」だ。　
　最後の少女が出会うのは植物学者。この学者は、「植物はたぶん月から来たもので、流れ星によって地球の運ばれてきた、と考えているそうだ。」と紹介される。宇宙から飛来する種子。『盗まれた街』（ジャック・フィニー、早川ＳＦシリーズ）で描かれた設定と同じだし、「流れ星」は、稲垣足穂的な着想である。
　野に咲く花々のように「美しく清らかな乙女たち」の心の奥底には、目に見えない迷いや妄想が潜んでいるという展開に読めたのは、私自身の邪心のせいかもしれないが、この目眩のような感覚こそが、ロマンティシズムの精神ではないかと感じた次第だ。

ロマンティシズム

読書の裏側 - 千夜千冊エディション角川ソフィア文庫

千夜千冊エディションの25冊目。『読書…

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千夜千冊エディションの25冊目。『読書の裏側』とあるが、私の印象では、書物という建築物の隠れた土台や躯体、そして建てられた場所の雰囲気に注目した一冊だ。
　出版という文化の土台については、「改造社と山本実彦」の項を楽しんだ。この人物については、1922年にアインシュタイン夫妻が来日した際に、帝国ホテルの豪華な客室を準備した旨の記述を読んだことがあった。「おもてなし」である。（『アインシュタインショック①』金子務、河出書房新社）今回の解説は、この天才科学者の招聘の意図に踏み込んでいる。さらに、「円本」という仕掛けで大衆に「日本文学」を浸透させ、日本の出版界の母型を作った出版人としての業績が紹介されている。モダニズムを根付かせた着想と行動力に感動した。
　躯体といえば、編集者の仕事だ。「名編集者パーキンズ」では、ベストセラーを創造する助言者が取り上げられている。The　Great　Gatsby（コメント参照）刊行にもかかわっていたことを知って、原書のMax　Perkins:　Editor　of　Geniusを「ほしものリスト」に入れた。作家の文章を書き直す技量は市場には出ないが、この影の部分も、創作の過程として光が当てられるべきなのだろう。
　著作者にとっての「場所」は居住地よりは、「書斎」や「書店」になるだろう。「本棚」に注目した第４章は、書籍がひしめく知の街の様子が描き出されている。「裏側」とは路地のことだと気づかされる。なお、草森紳一の『本が崩れる』では、書棚自体にも耐震補強が重要であることを教えられる。ここでは、高層建築のためのデザインが必要になるようだ。
　読書は、重力と空間への挑戦でもある。

出版人、編集者、本棚

光Ｐ＋Ｄ　ＢＯＯＫＳ

最寄の店舗で淡い背表紙を見た時に「光」…

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記憶喪失、復刊

David Copperfield (Penguin Classics) （Revised）

チャールズ・ディケンズの大作の一つ。1…

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十大小説、ヴィクトリア朝

ヴィクトリア朝文化の諸相

高校生の時に、新潮文庫版の『シャーロッ…

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高校生の時に、新潮文庫版の『シャーロック・ホームズ』シリーズを読んだのがきっかけで、ヴィクトリア朝には親近感を抱いてきた。
　本書にもこの名探偵が登場するが、論点は「柔術」である。有名なライヘンバッハの滝への落下を生き延びたホームズが、生還後の「空きやの事件」でモリアーティ教授との格闘を回想する場面が引用される。世紀末の英国で柔道が広まったとの説明の導入としての言及だ。ボーア戦争を背景にしたイギリス人としての身体強化に結びつく場面でもある。
　このように、表題の「文化の諸相」から分かるように、本書は、単なる歴史的あるは文学的な解説書ではなく、子ども、植民地、劇場、女性、女王、田園、身体、美学、進化論と、それぞれの項目の分量は決して十分ではないが、英国史上、最も多彩な時期を、複数の視点で眺めることができる好著である。
　「英米文化学会」の監修とあるので、索引と参考文献の一覧も充実している。学術書の雰囲気の中、私のようなコナン・ドイルあるいはルイス・キャロル好きの単純な読書家も楽しめる内容と読みやすい編集になっている。
　女性としてのヴィクトリア女王に焦点を当てた章もある。女王は読書好きで、特にウォルタ—・スコットの作品を気に入っていたことは伝記のQueen　Victoria読んで知っていたが、今回の読書で、ディケンズを始めとする19世紀の文豪の作品の紹介も目にとまり、当時の英文学作品への関心がますます強くなった。
　例えば、女王が1880年に『ジェイン・エア』を再読したとの記述がある。読み損ねてきた名作なだけに、この件は、大きな刺激になった。原書は国内にもあるようなので、とりあえず発注しようと思っている。
　ヴィクトリア朝の理解を深めるには、君臨者の心へ忍び込まなければならない。

ヴィクトリア朝、ヴィクトリア女王

文系学部解体角川新書

高校生が大学進学を考える際に読むべき一…

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大学

モダニズム・ミステリの時代 - 探偵小説が新感覚だった頃

表題の「モダニズム」から思い出したのは…

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表題の「モダニズム」から思い出したのは、1970年に刊行された『新青年傑作選全５巻』（中島河太郎編、立風書房）である。当時の宣伝文句には「現代に甦る…ロマンとモダニズム」とあった。
　あれからさらに半世紀が経ち、カバーのイラストに懐かしさを抱きながらも、今さら「探偵小説が新感覚だった頃」と副題に謳ってあっただけでは、わざわざ購入しようとは思わなかっただろう。著者の名前を確認するまでは。
　筆者は、歯科医である。『日本ＳＦ精神史　完全版』（河出書房新社）のコメントで書いた歯医者ならではの視点を、今回も期待できる予感がして躊躇なく入手した次第だ。
　本書でも、新たな知識を得ることができた。当時の探偵小説及幻想的な謎解き小説をテーマごとに解説する際に、類似する文学的作品の紹介もあり、大正から昭和初期の隠れた日本文学史にもなっている。
　言及された主要人物の数は約240。作家以外にもアインシュタイン、ミンコフスキー、テスラ―等の科学者・技術者も含まれていて、著者の視野の広さと、隙間を見逃さない注意深さが際立っている。夏目漱石、川端康成と横光利一の作品も複数の頁で登場する。「探偵小説」という範疇の解説書では、予想外の記述だった。
　時代の意識を反映した想像と思考の産物が詩や小説だとすると、恋愛小説、探偵小説、怪奇小説等と分類することは、物語を楽しもうとする読み手にとってはそれほど重要でないような気がしてくる。学生時代に文学を専門としなかった筆者の眼差しは、純粋な読者のそれなのである。
　雑誌についても、『新青年』にとどまらず、『文藝時代』がSF的な作品も掲載していたこと、『文學時代』を探偵雑誌ととらえていることなど、題名からは想定できない事実が明らかにされている。
　あらたな発見が、古い感覚を刷新してくれた。

探偵小説、モダニズム

大空への夢 - 特撮の神様円谷英二伝

「シェ―」をしたゴジラの滑稽な姿は今で…

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「シェ―」をしたゴジラの滑稽な姿は今でも鮮明に記憶している。1965年の『怪獣大戦争』の一場面だった。当時、小学校低学年だったにもかかわらず、この大怪獣の子供じみた演技には、少々がっかりした。その翌年に見た『サンダ対ガイラ』で、ゴジラの時代は終わったと実感した。
　しかしながら、今回の読書で再考させられた。本書では、特撮の天才の伝記の幕をおろす段になって、第五部の「円谷英二とは」の章で、この演出が円谷英二自身の着想だったことと、その背景に「子ども好き」の精神があったことが明かされている。怪獣好きのある少年の交通事故死を悼んだ逸話もあり、破壊王だった怪獣を、子どもたちを魅了する英雄に変貌させた円谷の優しさの表現だったのではないかと考えを改めた。
　たわいもないコントに秘めれていた円谷英二の武骨なまでの生真面目さと、幼年時代から変わらぬ大空への飛行を夢見る無邪気さとがあったことが分かり、半世紀ぶりに心のわだかまりを払拭することができた次第だ。
　著者は、円谷英二の生家の近くに生まれている。故郷を共にする者の視点と筆の運びで、「特撮の神様」の誕生から死までを克明に描いている。激動の昭和で夢を叶えた人生そのものが一つの物語のようだ。
　ゴジラシリーズやウルトラＱの作品論や文化的・社会的な研究書は数冊読んできたが、人としての円谷英二の生い立ちと撮影技術者としての苦悩と成功を、身近な視線で描いた本は初めてだ。
　特撮をとおしての日本映画史としても通読できるのも有益だったし、個人的には、1926年に円谷が撮影補助として携わった無声映画の「狂った一頁」が、後に「ウルトラＱ」である旨の再評価をうけたということを読めたことも有意義だった。つまり、円谷の原点に触れる機会を得たということだ。
　蛇足だが、カバー中央でほほ笑むウルトラ警備隊のアンヌ隊員の姿は、内容以上に魅惑的である。

円谷英二、特撮、日本映画史

写真の哲学のために - テクノロジーとヴィジュアルカルチャー

表題もさることながら、目をひかれたのは…

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表題もさることながら、目をひかれたのは帯にある「書物復権」の文字。奥付を確認したところ初版は1999年。ドイツ語からの翻訳だ。要望が多かった本だと直感した。
　著者のことは知らなかった。一瞬、フッサールと誤読したくらいだ。「メディア論」の範疇にはいる文化・思想の研究者。最近になって関心が強くなってきた分野だが、フルッサーの名を関連図書で読んだ記憶はなかった。
「あとがき」に紹介された13冊の著作のうち、初版当時は、邦訳あるいは英訳された作品の数が少なかったようで、解説を書いた日本人の学者も「つい二、三年前までフルッサーのことを全く知らなかった」と吐露している。
　私にとっては、偶然の初対面だ。「写真」に焦点を当てた技術論、映像論のような装いだが、その背景にある情報の記録、伝達そして表現という文化の礎となる記号としての「画像」と、その撮影装置の発明によってそれまでの役割を奪われた「文字」にまで視線を広げる論述は、脱領域的であり奥も深い。
　また、「文化の大転換のさなかに」と謳った「解説」は、単なる本書の説明ではなく、我々読書人も巻き込まれてきた、思潮の乱気流の原因とそれからの脱出の視点が述べられていて、大変に有意義である。
　20年を経過して復刊されたのは、「解説」で論述された「文化の大転換」を正視する視座を、本書が述べているからだと感じた。
　今回の出会いで、フルッサーの他の作品も読んでみたくなったが、ウェブ紀伊國屋で入手できる邦訳は少ない。一方、英訳版については、今では複数が容易に注文できることが分かり、これからはすべて英訳版を購入することにした。
　「解説」で言及された英語の世界共通のOS化に、21世紀になってさらなる拍車がかかっているという事例だろう。
　安易に写せるようになり消費財と化した「写真」という窓の向こうにある英語という記号の大海原を、自分という装置を操り漕いでいくことが、世界から意味を奪ってしまたと言われる文字テクストを読解する行為が、「知」に近づくために必要だということも、改めて感じた次第だ。

情報文化、写真

Legacy of Heorot -- Paperback / softback

邦訳の『アヴァロンの闇』は1989年に…

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邦訳の『アヴァロンの闇』は1989年に創元推理文庫（上下巻）で出版された。（現在は入手困難）原著も1989年の刊行。人気SF作家、ラリー・ニーヴン（本書は共著作品）の小説なので、翻訳も早かったのだろう。
　原題を直訳すると「ヘオロトの遺産」。ヘオロトとは、古英語で書かれた英雄ベーオウルフの冒険叙事詩にでてくる人間の住む小宇宙の中心である王宮である。（『ベーオウルフの物語世界』苅部恒徳、松柏社）
　アヴァロンは架空の惑星だが、母星は実在するクジラ座のタウ星。物語の舞台は、地球から12光年離れた地球のような環境をもつ第４惑星だ。移住者たちは、冷凍睡眠で航行した。時代は、登場人物の発言である「映画『オズの魔法使い』から200年」から計算できるように22世紀の中ごろだ。ワープ航法は登場しない。
　アヴァロンは『アーサー王の物語』の舞台である伝説の島。各章の冒頭にある引用の出典は英文学関連の作品が多く、物語の展開とは無関係ながらも、作品に深みを与える構成となっている。
　この一時代前のSFを今になって読もうと思ったのは、Dragon’s　Eggと同じように（コメント参照）、ほぼ一月前（2022年７月）に読んだ『地球外生物学』（倉谷滋、工作舎）を読んだのがきっかけだ。生物学SFの代表例として概略が紹介されている。
　この小説の素晴らしさは、B級ホラー映画のような設定でありながら、異世界への移住者がすむ植民地としての課題を、恐怖をひきおこす謎の生物との遭遇と戦いをとおし、客観的に明らかにしていく点だ。
　登場する肉食獣の正体を解き明かす過程は、科学的な論述で説得力がある。この怪物（人間にとって）には「グレンデル」という名前が与えられる。『ベーオウルフ』で人々を喰らった化物である。
　続編の原題はBeowulf’s　Children（邦題は、『アヴァロンの戦塵』）である。この未来の叙事詩の背景には『ベーオウルフ』が隠れているのだ。

宇宙移民、ベーオウルフ

Dragon's Egg : A Novel

邦訳の『竜の卵』は1982年にハヤカワ…

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邦訳の『竜の卵』は1982年にハヤカワ文庫で出版された。（現在は入手困難）当時、書店で背表紙を見た記憶があるが、SFから離れていた時期でもあり、表題の印象で冒険ファンタジーと誤解したので、手に取ることもなかった。
　原著は1980年の刊行。この一時代前のSFを今になって読もうと思ったのは、ほぼ一月前（2022年７月）に読んだ『地球外生物学』（倉谷滋、工作舎、コメント参照）で、「物理的に全く異なった生物」の筆頭として、概略が紹介されている件を読んだからだ。すぐに、ウェブ紀伊國屋で発注したところ3週間で入手できた。
　久しぶりにSFらしいSFを楽しんだ。舞台は太陽系に接近してきた中性子星だ。「竜の卵」はその星の名前。著者は科学者でもあるので、重力の影響等を宇宙物理学の見地から客観的に説明していく。これだけを読むと、一般読書向けの科学記事の印象を持つ。
　そこに登場するのが、その過重力下で進化した知的生命体。所謂「最初の接触」をテーマにしているが、チーラという宇宙生命体が、人類の百万倍速く進化するさまを、疑人化で描いていく。この部分は、独立した異世界の物語となっている。
　そして、探査船の乗組員たちは、数回の交信を経て、2050年６月10に、この宇宙生物との訪問を受けることになる。異文明との遭遇につきものの誤解、衝突、戦闘はない。科学的知識に基づく相互理解が、奇跡的な出会いと交流を実現させたのだ。感動的で静謐な結末が用意されている。
　巻末の「付録」は、この癒しの物語の背景を教科書的に記述した後日談として、読後感をさらに深めてくれる。
　このパルサー（中性子星）は、2020年４月に発見された設定になっている。初版当時は遠い未来が、「今」になってしまった。本書は2000年に米国で新装版として再刊されたものだ。この小説は、40年の時を超え、混乱の今だからこそ読まれるべきSFである

中性子星、重力、最初の接触