著者は、『不思議の国のアリス』等の作品で有名な小説家である。同時に、数多くの手紙を書き残しており、それらをキャロルは几帳面に整理し、保存していた。手持ちの英書の『書簡集』では2巻で1200頁に編集されていて、ある意味、「自伝」にもなっている。 著者の本名は、チャールズ・ラトウィッジ・ドジソン。クライスト・チャーチ(オックスフォード大学)の数学講師。ルイス・キャロルの名前を使い始めたのは、『不思議の国のアリス』の出版の9年前である。手紙の発信人が本名になっているものもあり、書簡の作成時に、人格を分けていたような気がする。 本書は、キャロルが送った手紙に複数の「少女」が含まれていることに注目しているが、キャロルが自分自身の姉妹たちが受け取ったものは掲載されていない。これは、「あとがき」で紹介された1933年刊行の『ルイス・キャロルの少女たち(原題では『小さな友人たち』)への手紙抜粋』(ウェブ紀伊國屋で英古書の入手可能)を下敷きにしたからだろう。 個人的な印象では、手紙では、『日記』と異なる次元で、著者の性格が垣間見えてくる。本名のDodgsonのgを脱落させた綴りで書いてきた少女への返信は、この小さな誤りを指摘することで書き始めている。(p101) 別の女性には、発音の誤りを直すように助言した手紙も送っているのを読んだことがあり(The Story Of Lewis Carroll: Told For Young People By The Real Alice In Wonderland、コメント参照)、この童話作家が、神経質(特にことばに対して)だったことが推測できる。 本書は、1978年に出版されたものの復刊。「鏡の国の文字の手紙」(p218)のように、謎に満ちたルイス・キャロルの作品をより楽しむための副読本である。
学習上の暗記術ではなく、「記憶術」という技法があったことを最初に教えてくれたのは荒俣宏だった。「記憶術の発見については、じつに感動的な逸話がある。ギリシャの抒情詩人シモニデスは・・」(『本読みまぼろし堂目録』工作舎)を読んだ時だ。(2006年3月) このエピソードは、この『記憶術全史』の冒頭でも、シモニーデースという表記で引用されている。この件で、この話をどこかで読んだことを思い出したが、出典へ苦も無く遡及できたのは、学生時代から蓄積している「索引データベース」のおかげである。 PCを購入してから表計算ソフトを使っているが、最初はカードへの記入に頼っていた。紀田順一郎の『現代読書の技術』(柏書房)で紹介されていた当時の研究者の常手段をまねたのである。 本書の最終章では、カードによる分類が、最後の「記憶術」であったとの記述があり、若かりし頃の読書生活を回顧する機会にもなった。 2018年の刊行時に店頭で手に取ったが買い損ねていた。イエイツの のThe Art of Memory(コメント参照)を購入するにあたり、ウェブ紀伊國屋で買い求めたものだ。 忘れ去られていたヨーロッパの「記憶術」を蘇らせたイエイツの論述を補完し拡充する内容で、大変に有意義な読書になった。 単なる暗記ではなく、建築、宗教、文学、造園、哲学、科学等も包含するような膨大な知識の貯蔵庫を脳内に構築する術が、印刷術の普及とともに考案され、実践されていたことがよく分かった。 デジタルで変容する記憶(The Internet is Not the Answer, Andrew Keen)を実感しながらも、この夏休みで予定している書棚の整理の際には、記憶としての読書を意識して、場所を意識しながら配架をしようと思っている。 一冊、一冊がマドレーヌになる。(『失われた時をもとめて』第一巻)