著者は1947年にウェールズで生まれた英国の女流作家。20冊の長編小説を発表してきたにもかかわらず、翻訳は皆無で日本語の情報は極めてすくない。推測だが、彼女の作品が米国ではあまり読まれていないからかもしれない。この小説での語り口は非常にゆっくりで、私の感覚では、大都市で生活するアメリカ人のリズムとはかみ合わないのだと思う。他の作品も同じような筆致なのだろう。 表題を訳せば、「奇術師」になる。舞台はヴィクトリア朝1885年のロンドン。主人公の若い女性の人生を変える奇術師が見せる幻覚を楽しむには、物語の進行に、たとえそれがもどかしく感じられたとしても、身をゆだねるのが賢い読書法だろう。物語は、1897年6月のヴィクトリア女王の在位60周年記念式典を祝う雰囲気の中で幕を下ろす。 産業革命の影響で、大衆向けの娯楽にも変化が生じている様子が、ところどころで見ることができるのも興味深く視覚的な印象にのこる。そのような場面は、著者自身のHPで短い動画で確認することができる。 巻末には著者のインタビューが掲載されていていて、本書の続編としてDaughter of the Houseが刊行されていることが分かった。 日本語で読めない作品を人知れず楽しむのが「孤独の読書」。
著者は20世紀中葉の著名な米国の小説家。おそらくスティーブン・キングが中学・高校時代に読んだと思われる小説を多く発表した。文学史上の分類はホラー作家となっているが、本編は、心理的な恐怖を醸し出すものの、ホラー小説とは形容しがたい内容である。 時代的に忘れ去られてもいい作家だが、多くの作品が今でも若い読者たちによく読まれているようだ。1959年発表のThe Haunting of Hill Houseは2018年に米国でTVドラマ化された。 本書の邦題は、原題の現在完了形の文章をきちんと訳していて、『ずっとお城で暮らしてる』となっている(創元推理文庫)。今も「城」に住んでいるという意味なのだが、実際の舞台は米国の片田舎の屋敷である。 主人公は、家族の不慮の死を乗り越えた姉と妹。物語は、妹によって、思い出、日常、そして彼女の妄想や願望も交えて淡々と語られる。彼女たちは、自宅で起った6年前の事件の生き残りなのだ。したがって、「死」への恐怖とか記憶が、彼女たちの言動に見え隠れする。具体的には、容易に手に入る毒キノコとか毒草である。そして蜘蛛。 英語圏では、An Englishman’s house is his castle.として位置づけられる安心して好きなことができる「我が家」おいて、子どもがひきおこした悲劇。後味の悪さは、永遠に脳裏にこびりつく。
著者は、イラン出身の文学者。本書を読むと米国のワシントンDCを拠点として活動していることが分かる。 章立てで取り上げられた作家は4人。マーク・トウェイン、シンクレア・ルイス、カーソン・マッカラーズ、そしてジェイムズ・ボールドウィン。著述の途中で関連する作家が複数登場し、歴史と文化の影と光が交錯するなかで、アメリカ文学の多様性を描き出した万華鏡。 言及された作品の多くが未読だと気づかされたが、著者が心に築いた『想像力の共和国』へ足を運び、逍遥する意欲はますます高まった。幸い、ここへの渡航にESTAは不要。 先ずは、国内で入手できるカーソン・マッカラーズのThe Heart is a Lonely Hunter『心は孤独な狩人』からだろうか。巻末で引用された「崖っぷち(危機に瀕した)の読書」へ意識を向けていこうと思う。