出版社内容情報
〈夢読み〉として幻想の街にとどまるのか、〈影〉を取り戻して壁の外に立ち戻るのか――孤独な心を抱えながら現実世界で四十五歳になった主人公の「私」は、ある夜の夢に導かれ、会津の山間(やまあい)の小さな町に向かい、図書館長の職に就いた。ベレー帽にスカート姿の前館長子(こ)易(やす)老人の幽霊、〝街〟の地図を携えた〝運命の少年〟の出現……魂を深く静かに揺さぶる村上文学の迷宮へ。
内容説明
図書館のほの暗い館長室で、「私」は「子易さん」に問いかける。孤独や悲しみ、“街”や“影”について…。そんなある日、「私」の前に不思議な少年があらわれる。イエロー・サブマリンの絵のついたヨットパーカを着て、図書館のあらゆる本を読み尽くす少年。彼は自ら描いた謎めいた“街”の地図を携え、影を棄てて壁の内側に入りたいと言う―二つの世界を往還する物語がふたたび動き出す。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
KAZOO
121
やっと上下巻を読むことができました。村上さんの作品は初期のころの短篇やエッセイ集をかなり読んでファンでした。いつ頃か疎遠に合ってしまっていて長編も「海辺のカフカ」は何度か読んでいました。ただやはり村上さんの長編は合わないようです。この本も現実と異世界のような感じの場面があったりして構成としては面白いのでしょうがどうも、という感じです。図書館がらみの場面は興味を引いてくれました。そのうちじっくりと長編に手を付けていこうかと思っています。2025/07/25
nobi
74
上巻では現実的にありえないと思っていた状況が、下巻では見知った世界として展がってくるよう。引用もあるガルシア・マルケスの描写が非現実でありながらリアルに感じるのとは違って、凍りつくような悲劇の場面を除いては、薪ストーブに焚べる林檎の古木の香りもマフィンの味も、子易さん添田さん女性少女少年の風貌も彼らとの会話も、現実なのか夢なのか定かでない。言葉の様相は変わらず優しく身に沁みる。また他とのコンタクトが限定的な人も静かに相手に気遣っているという関係の優しさにも気付く。ただ最後まで壁って?影って?の謎は解けず。2025/05/30
ふう
55
この作品に登場する人々はみな「不思議な存在」です。主人公の私、死んでいるのに姿を現す前図書館長、特別な能力をもつ少年。普通に見える人にも他人からはおしはかれない過去や思惑があり、壁の中に住む人と外に住む人は、どちらが実体でどちらが影か問いかけられているようです。中に住む人は静かにおだやかに暮らしていて、外に住む人は悲しみや苦しみが多そうです。それでも見える世界しか認識できないわたしは、壁の中に入っていった少年が今はきっと幸せなのだろうなと思いながらも、こちらで頑張るしかないのですが。おもしろい作品でした。2025/08/04
Vakira
51
♪~男と女の間には深くて暗い河がある~♪誰も渡れぬ河なれど、エンヤコラ今夜も舟を出す~♪お前が十六、俺十七、忘れもしないこの河に・・・と、歌ったのは野坂昭如さん。河とは何?春さんはそれを壁としました。生命を繋ぐのは男と女ですが、男と女の間には壁があるんです。自分の未来を決定するためには壁を乗り越えなければならないんです。生物的に壁を乗り越えても新たに壁は出来ます。卵子は受精すると幕を作って他の精子の侵入を防御します。生命を繋ぐ自分の分身は一人だけでいいんですね。さて後半。主人公の現実世界の話し。2025/05/11
みねね
44
(承前)読み終えた直後の感想は「ついに村上春樹は戦利品を持ち帰ってきた」だった。損なう、潜る、還るという村上長編の基本パターン。作品を重ねるごとに主人公は大人になり、もう一人称は僕じゃないし、ギターをぶち壊したりしないし、脈絡なく女を抱いたりしないし、もう未来に大きな転換点があるわけじゃないのだが。それでも今作の主人公は、村上春樹は、ついに潜ることによってしか得られないものを持ち帰ってきた。言葉にしようとするとするりとすり抜けてしまうもの(未来とか可能性とか、近い言葉はあっても何か違う)だ。→2025/06/22