出版社内容情報
〈夢読み〉として幻想の街にとどまるのか、〈影〉を取り戻して壁の外に立ち戻るのか――孤独な心を抱えながら現実世界で四十五歳になった主人公の「私」は、ある夜の夢に導かれ、会津の山間(やまあい)の小さな町に向かい、図書館長の職に就いた。ベレー帽にスカート姿の前館長子(こ)易(やす)老人の幽霊、〝街〟の地図を携えた〝運命の少年〟の出現……魂を深く静かに揺さぶる村上文学の迷宮へ。
内容説明
図書館のほの暗い館長室で、「私」は「子易さん」に問いかける。孤独や悲しみ、“街”や“影”について…。そんなある日、「私」の前に不思議な少年があらわれる。イエロー・サブマリンの絵のついたヨットパーカを着て、図書館のあらゆる本を読み尽くす少年。彼は自ら描いた謎めいた“街”の地図を携え、影を棄てて壁の内側に入りたいと言う―二つの世界を往還する物語がふたたび動き出す。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
nobi
73
上巻では現実的にありえないと思っていた状況が、下巻では見知った世界として展がってくるよう。引用もあるガルシア・マルケスの描写が非現実でありながらリアルに感じるのとは違って、凍りつくような悲劇の場面を除いては、薪ストーブに焚べる林檎の古木の香りもマフィンの味も、子易さん添田さん女性少女少年の風貌も彼らとの会話も、現実なのか夢なのか定かでない。言葉の様相は変わらず優しく身に沁みる。また他とのコンタクトが限定的な人も静かに相手に気遣っているという関係の優しさにも気付く。ただ最後まで壁って?影って?の謎は解けず。2025/05/30
Vakira
51
♪~男と女の間には深くて暗い河がある~♪誰も渡れぬ河なれど、エンヤコラ今夜も舟を出す~♪お前が十六、俺十七、忘れもしないこの河に・・・と、歌ったのは野坂昭如さん。河とは何?春さんはそれを壁としました。生命を繋ぐのは男と女ですが、男と女の間には壁があるんです。自分の未来を決定するためには壁を乗り越えなければならないんです。生物的に壁を乗り越えても新たに壁は出来ます。卵子は受精すると幕を作って他の精子の侵入を防御します。生命を繋ぐ自分の分身は一人だけでいいんですね。さて後半。主人公の現実世界の話し。2025/05/11
みねね
41
(承前)読み終えた直後の感想は「ついに村上春樹は戦利品を持ち帰ってきた」だった。損なう、潜る、還るという村上長編の基本パターン。作品を重ねるごとに主人公は大人になり、もう一人称は僕じゃないし、ギターをぶち壊したりしないし、脈絡なく女を抱いたりしないし、もう未来に大きな転換点があるわけじゃないのだが。それでも今作の主人公は、村上春樹は、ついに潜ることによってしか得られないものを持ち帰ってきた。言葉にしようとするとするりとすり抜けてしまうもの(未来とか可能性とか、近い言葉はあっても何か違う)だ。→2025/06/22
Shun
37
空想上の壁の街から現実へと戻った私はあの壁に囲まれた街で見た本の無い図書館のことが頭に残り、現実の生活でもとある地方の静かな図書館に職を得る。閑静な環境と穏やかに過ぎゆく時間の中で、あの夢の中のような街のことを考える。自分の意識に沿うように自在に変化する不確かな壁のこと、影を持たない生活、そして針のない時計。そこへ私の空想の街に興味を示す不思議な少年が現れ、物語は佳境へと移っていく。空想と現実という二つの世界を行き来する物語構造は村上春樹作品にはよく見られ、自我をモチーフにした冒険小説のようでもある。2025/07/09
ひろみ
27
春樹さんのこれまでの長編よりも心情吐露や説明が多く、解像度高くさらに物語の世界に没入できた気がします。 私の「古い夢」は誰かに読まれることがあるのだろうか。自分で読めることが最も幸せなことなんだろうと思います。そのために、自分の影を大切にしようと思う。 本当に楽しい読書でした。2025/05/05
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