内容説明
日蓮大聖人の仏法による民衆救済をめざして、一人立った創価学会第二代会長・戸田城聖。その真実の姿と、発展しつづける創価学会の歴史を描いた大河小説。(2巻概要)いかに遠くとも、広布の幾山河を踏破するには、地道な一歩から始めるしかない。昭和21年9月、戸田は、栃木・群馬へ戦後初の地方折伏を行い、“妙法の一粒種”を蒔くことに精魂を傾ける。11月、新生日本の象徴たる日本国憲法の発布と時を同じくして、戸田理事長のもと、学会は戦後第1回の総会を開催する。社会では労働運動などが激化し、政治革命への期待が広がるが、“真実の革命は宗教革命なり”と知る戸田は、泰然と布教の指揮をとる。その薫陶のなかで、学会の青年たちは日蓮仏法の正しさを実感していく。翌22年の8月14日、蒲田で行われた座談会に、山本伸一という青年が出席する。彼は尋ねる。「正しい人生とは」「真の愛国者とは」……。伸一は19歳、戸田は47歳。戸田は、懐かしき師である牧口との出会いを思い起こしながら、伸一との邂逅に運命的な絆を感じるのであった。その10日後の8月24日、伸一は入信する。(2巻目次)幾山河/序曲/光と影/前哨戦/地涌/車軸
目次
幾山河
序曲
光と影
前哨戦
地涌
車軸
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ドワンゴの提供する「読書メーター」によるものです。
コウメ
37
戸田の若かりし頃の日記の内容も個人的には好きだけど、本編の「人生の目的は、幸福の追求なので、真理の認識そのものはなんら価値もない。人間の営みというものは、結論として価値を創るもので、例えば猫に小判ということわざは、小判は人間には絶大な価値があるが猫にはなんら価値がないように、つまり価値は<主体と物との関係性>にある。価値を生じる場が生命と外界との関係にあるということは生命が問題で、外界に働きかける生命がはつらつとした状態ならば対象を意のままに変えることができるが、逆に主体性が乏しい生命状態にあれば、2019/11/30
かごむし
20
戦後の混乱した世相を背景に、戸田城聖率いる創価学会の運動がいきいきと活写される。組織の規模はまだ本当に小さいけれど、不幸な民衆を救わんとする烈々たる情熱をもった宗教革命の闘士たちの歩みは、読んでいるだけで心躍るものがある。2巻は山本伸一の登場巻でもある。山本伸一は、著者の池田先生が自身をモデルとした人物である。戸田と邂逅するまでの山本青年は、敗戦により自分の歩むべき道を見失い「正しい人生とはなにか」ということを思索する、真面目で平凡な青年であったという描かれ方をしている。そういう人間らしさに共感を覚えた。2018/05/13
wiki
13
何回目の読了かわからなくなっていたが、過去の履歴を見るに7回目らしい。細部を検証する余裕が出ているし、多角度で紙背に徹する読み方を追求して読み込めるのは、相当数の本を読み、多少なりとも経験を積んだからからという事もある。しかしまだわからないことがある。わからないというのは、文字に書かれている通りの体感を持って言言句句を読み込めていないという意味でだ。反省の至りだ。「大任を授かる可く、身心を練らざる可らず」伸びゆく気概を忘れてはならない。大任のあるなしはともかく、使命があることだけは忘れてはならない。なあ。2019/08/22
coolflat
13
読んだのは「聖教文庫」版だが、2巻以降、感想は「聖教ワイド文庫」版の方に書くことにする。時期的には、1946年9月~47年11月まで(第一次吉田~片山~芦田)。今巻から山本伸一(池田大作)が登場する。1巻では個々の新興宗教についての具体的批判が記述されていたが、その中には「生長の家」がなかった。今巻ではその「生長の家」についての具体的批判を1つの章(前哨戦の章にて)にまるまる割いている。ただし、本中、「生長の家」という表記はせず、「S教団」という仮名を、教祖の「谷口」は、「多仁山」という仮名で書かれている2018/02/17
かごむし
11
2巻も順調に読了。先は長いけれど読書も軌道に乗ってきたと思う。戸田の戦いがいよいよ本格化する。戸田は、将来の組織の大きな発展を見すえ、青年の育成に心血をそそぐ。それは厳しく、鋭いものであったが、成長を待つ厳父の慈愛も感じた。戦後の混乱した世相の中で、軍国主義に育った青年たちは、正しい人生とは何かという人生観を確立できずにいた。そのような若者の一人として山本伸一が登場する。戸田と伸一の出会いのシーンは平凡に見えるが、戸田を師事しようと決意する一瞬の印象が鮮やかに描かれている。また、戸田の魅力も伝わってくる。2020/05/27




