読書という航海の本棚

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和書全然アート - 千夜千冊エディション角川ソフィア文庫

「千夜千冊エディション」の22冊目。今…

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「千夜千冊エディション」の22冊目。今回も、書店に並んだ直後に躊躇なく購入したが、表題には違和感があった。
　最近では許容されてはいるものの、私の語感では、肯定を伴う「全然」の用法は誤用である。したがって、背表紙が目に入った時には、「少しもアートではない」と、脳が瞬時に読んでしまった。
　肯定の用法を認めるにしても、「全然」は英語的にいうと「副詞」である。その後に「名詞」だけはいただけない。しかも、カタカナ。「殿様、ご乱心です。」と思わず叫びそうになった。
　この戯言のような仕掛けについては、読み進めると『視覚的無意識』（ロザリンド・Ｅ・クラウス、月曜社）を紹介した記述の中に説明があった。アートの歴史を要約する件で、「偶然」、「必然」、「判然」、「当然」に言及した流れで、「アートはその営みの当初からして「全然アート」なのである」と結んでいる。ここで、芸術に係わる「状態や様子」のすべてを包含する構図が浮き彫りになってきた。
　この視点が分かると、あえて「アート」をつかった意図も明確になる。英語のartには、「手仕事」や「狡猾」等の意味もある。自然の「模倣」から生まれた芸術が、創作者の意識のなかで「独創」に変異してきた歴史が垣間見えてくる。
　そして、巻末の「追伸」に辿り着くと、「タイトルはぼくの勝手な造語」との種明かしが待っていた。それならば、一読者として、私は、この「全然」を「ぜんねん」と読むことに決めた。「天然」を想起したからだ。アートは人の力ではおよばない事象へのあくなき挑戦という解釈をしてみたくなったのだ。
　「ぜんねんアート」。響きが少し柔らかくなったような気がする。

タグ芸術

和書写真の物語 - イメージ・メイキングの４００年史

写真の歴史の本を読もうと思い、下調べも…

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写真の歴史の本を読もうと思い、下調べもせず、書店の「カメラの本」の棚で偶然に見つけた一冊。表題の「物語」に魅了され購入した。大げさに言うと運命的な出会いだ。
　プロローグから始まり、エピローグで終わる展開は、大河小説のようだった。帯に記載された「写真史は極上の物語だ！」に偽りはなかった。また、「あとがき」からは、著者自身の執筆に係わる真摯な姿勢と正直な心情が伝わってきて、目頭が少々熱くなった。
　初期の写真技術開発の描写では、関連する光学と絵画の記述はある程度の予想はできていたが、「錬金術」が考察の対象として登場してくる展開は、いくら「コラム」での言及とはいえ、驚かされた。著者の懐の深さを感じるところである。
　読み進めると、随所に文学作品の引用もあり、写真の文学史の雰囲気も漂っている。未知の作品への導きもあった。1760年刊行のSF『ジファンティー』という中編小説がそれだ。岩波書店の『ユートピア旅行叢書』の第13巻に収録されている紹介があったが、この本は、現在、入手困難になっている。このように、参考文献も各章の終わりに整理されていて、今後の読書への案内図にもなっている。
　写真史の視点からまとめられた巻末の「戦前写真史年譜」は、国別の分類も明記され、本書の内容を後で参照する際に有効になりそうだ。学生の目線で編集されている。
　この作品は、多くの人々が習得したがるような撮影時の一工夫のような技法を取り上げた本ではない。安易に連写され、保存され、そしてデータ化される記録としての写真が、「思い出」の一部として失われた物語を紡いでいた時代への回顧である。私の認識では「比較文化」の範疇におさまる学術書である。
　そのため、写真技術開発についての聞きなれないカタカナ表記が頻出するが、丁寧な筆の運びで、ページをめくる手の動きを止めることはない。発明者は、他者との差異化をはかるのに、新しい名称を考え出すものなのだ。
　「真を写す」技術の進歩を語る物語の背景に、技術者達の人生も垣間見る好著である。

タグ写真史、比較文化論

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和書身体の零度 - 何が近代を成立させたか講談社選書メチエ

表題にある「零度」は、もちろん比喩であ…

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表題にある「零度」は、もちろん比喩である。「あとがき」を読むと「本書はいうまでもなく端緒にすぎない」との記述がある。つまり、著者の身体論の出発点という意味だろう。
　本書は1994年に初版が刊行され、購入したこの版は2019年１月10日付の19刷。25年経っても注目されている好著である証だ。丁寧な筆の運びで分かりやすく、著名な作品からの引用も多い。読書欲が駆り立てられる。
　小説では、ユン・チアンの『ワイルド・スワン』とパール・バックの『大地』の２冊を注目した。社会科学分野の数冊も「ほしいものリスト」に入れた。これらの本を読む度に本書へ立ち戻ることができる。
　構成を見ても、同じ分量で７章が用意され、それぞれの表札は漢字二文字だ。１週間で読み終えられるような編成は、著者の『ユリイカ』及び『現代思想』の編集長時代の姿勢が活かされていると思う。
　本書の発展版は、1999年に出版された『考える身体』（河出文庫2021年）なのだろう。こちらはこれから購入する。
　身体論関係の本は読み始めたばかりだが、日々生活を共にする物理的な自我の器であるにも関わらず、その存在意義や機能を十分に理解できていない。今回は、関連分野の裾野を俯瞰する機会となり、有意義な読書になった。
　人類学、非言語コミュニケーション、芸術、軍事等へと視点が移動していく論述に心地よさ、あるいは危さを感じるのは、著者の観察力あふれた筆致があるからだろう。
　例えば、「纏足」の論述を読むと、視覚から脳に伝わる情報が足先の感覚へ伝播し刺激する。活字が肌を巡る感覚だ。「本を読む身体」がここにある。
　社会学的には、他者との距離も含めた人間関係を考察する場面が特に印象的だった。第２章の「接近する距離感から不快を感じる」旨の件では、あらたな視点が求められるだろうと感じた。今の状況で考えると、他人に近づくことを躊躇させるのは「不安」あるいは「心配」だろう。世界中で人々に求められている「社会的距離」について、今後の展望に関する著者の分析を読んでみたいと思った箇所だ。
　日本においては、マスクが「見せる肌着」になるような気がしている。感染防止という機能を越えて、露出防止の衣装として身体化するのではないかと勝手に想像している。外で口元を露わにするのは、親しい人と食事をする時だけになる生活だ。

タグ身体論、社会的距離

洋書アイザック・アシモフ『ファウンデーション対帝国』（原書） Foundation and Empire (Foundation)

アイザック・アシモフの『ファウンデーシ…

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アイザック・アシモフの『ファウンデーションシリーズ』の２作目。書物としての刊行は1952年。2021年９月から米国でのテレビ放送が始まったのを契機に、全７冊が再刊行されたので、新装版が廉価で入手できるようになった。
　前作は静かな物語だったが、2編の中編からなるこの巻では、「戦争」が引き起こされる展開となる。表題ではandだが、実情はvsである。つまり、星間貿易で拡張し続ける「ファウンデーション」が、「帝国」と対峙することになるのだ。さらに、謎めいた超人的なミュータントが登場し、第二帝国復興までの計画を破壊しようとする。
　結末に向けて、「第二ファウンデーション」が、広大な銀河の反対側に、まるで「ファウンデーション」の鏡像のイメージとして存在することが語られ、最初の三部作の終巻である『第二ファウンデーション』へと運命が委ねられる。
　物語で語られる「心理歴史学」の分析のとおり、特筆すべき英雄はでてこない。ここが、安易なスペースオペラと異なる視点である。活劇はないものの、広大な銀河を舞台に悠久な時間の経過の中で起こった事象が、記録と記憶を軸に紡がれる。
　中学生の時に創元文庫版を購入しながらも読みそこねた米国ＳＦ黄金時代の宇宙大歴史絵巻を、この時期に、原書で堪能できる喜びはひとしおだ。
　ところが、次のSecond　Foundationは、手違いで入手できていない。これから発注するか、刊行の順番を無視して、後の執筆ながら時系列ではシリーズの端緒に位置付けられるPrelude　to　Foundation（購入済み）を読み始めるか、迷っているところである。
　全巻読破した際に「読書史」を振り返るときに、今の判断を、個人は対象ではないにしても、「心理歴史学」的にはどのように解釈するのだろうかとワクワクするだけで、決断できないでいる。

タグファウンデーション、心理歴史学

洋書小松左京『日本沈没』（英訳） Japan Sinks

『現代思想10月臨時増刊号　小松左京-…

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『現代思想10月臨時増刊号　小松左京-生誕90年／没後10年』を熟読した後、『日本沈没』の再ドラマ化の影響もあってか、原作をまた読みたくなった。（初読は1973年の初版発売の直後、再読は3.11の直後）英語の翻訳があることを思い出して、店頭で注文した。幸い、新宿店にあったのですぐに入手できた。
　英訳の表題は「日本は沈む」となっている。主語と動詞の２語だけの第一文型だ。「風が吹く」とか「鳥が飛ぶ」と同じように、あたかも日常的な自然現象を思い浮かべる文章になっている。
　そして、動詞の時制が現在形になっていることがさらに重要だ。「今」ではなく、ほぼ確実に起こる近い未来の事象を表現する際にも、現在形の動詞が使われる。つまり、「日本は間もなく沈む」という意味になる。余計な副詞がないだけに、より印象的だ。
　背景知識がない外国の金融関係者がこの本の表紙を見たら、「日本は経済大国でなくなる」と解釈するかもしれない。しかしながら、文字通りに日本列島が日本海溝へ落ち込んでいくという展開が分かった時には、腰を抜かすほど驚愕する者もいただろう。本書は、1976年刊行の英訳本の2015年の再発行である。原作の一部が省略されてはいるものの、物語の真髄はきちんと語られている。45年経っても、広く読まれているのだ。
　言うまでもなく地震大国の悲劇を扱った日本SFの記念碑的作品だが、今後は、当時はその認識はなかったと思うが、地球温暖化による海水面の上昇で、水没に直面する沿岸諸国の苦悩を予見する20世紀からの警告的な寓話として、読み継がれていくような気がしている。残念ながら、この予兆はすでに現実になっている。現在進行形へと変化しつつあるのだ。小さな島国から、消えていくのだろう。
　21世紀の視点で振り返ると、小松左京は、わが祖国を地球物理学的に「おしまい」にすることで、未来に向けての新たな『アトランティス伝説』を創作したと言える。主人公田所博士が判断の拠り所にした「直観」は、この大作家の意識の投影である。

タグ地球温暖化、アトランティス伝説

洋書 Victorian Giants : The Birth of Art Photography

購入のきっかけは、ちくま学芸文庫の『美…

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購入のきっかけは、ちくま学芸文庫の『美少女美術史―人々を惑わせる究極の美』（池上英洋・荒井　咲紀）に、ルイス・キャロルに影響を与えた写真家としてオスカー・レイランダーという名前が紹介されていたからだ。
　キャロルのカメラ嗜好は有名な話だが（オックスフォードの自室にスタジオを作ったという記録も残っている）、同時期の他の写真家については、全く意識が及ばなかった。
　本書は、そのレイランダーばかりでなく、表題にVictorian　Giantsと複数形であるとおり、ヴィクトリア朝に作品を残した複数の写真家の作品が掲載されている。ルイス・キャロルも取り上げられている。
　キャロルが叔父の影響で写真に関心を抱いたのは1855年。その４年前に、ロンドンでは、万国博覧会が開催されている。人々が、科学技術の産物としての文化へ巨視的な眼差しを注ぎ始めたのと併行して、肖像画に代わるレンズをとおして浮かび上がる画像に注目し始めた時期だ。
　ページの多くを白黒の作品が占め、文字情報は少ないが、それぞれの写真の背景が読み取れるのもいい。写真史の一冊と言ってもいいだろう。
　副題に「写真芸術の誕生」とあるとおり、21世紀になっても色あせない19世紀の記憶が、あどけない少女たちの表情をとおして伝わってくる。そこには、キャロルが愛したアリス・リデルの写真もある。フィルムのネガも掲載されているのには驚いた。暗室にこもるキャロルの姿が、想像できる。
　写真家の凝視と巧みな手腕で、凍結された刹那が、本書をとおし、溶解し蘇生する瞬間に驚愕を覚える。スマホ等の安易な写真撮影ではあり得ない奥深さを伝える貴重な記録である。

タグルイス・キャロル、写真

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洋書テッド・チャン『あなたの人生の物語』（原書） Stories of Your Life and Others

著者は米国で生まれ、米国で教育を受けた…

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著者は米国で生まれ、米国で教育を受けた。しかしながら、両親が中国からの移民であることと、増加する中国系の米国人を視野に入れると、中国語と英語という全く異なった２か国語の環境で成長しつつ、他国出身者との出会いもとおし、著者の言語に関する感覚が研ぎ澄まされたのではないかと推測される。
　本書は表題作の他７編の短編小説を収録した作品集。翻訳は『あなたの人生の物語』という邦題でハヤカワ文庫で購入できる。この作品は、題名からの印象を裏切る内容である。日常的な生活からは想像できない展開である。７本脚の知的な宇宙生命体との意思疎通が語られる。彼らは、「話し言葉」と「書き言葉」という異なった２つの言語体系を持っている。少なくとも、日本語と英語においては、話す表現と書く表現を区別しているが、この物語の宇宙人は、同種族間で表現形式で異なった２言語を操るという設定なのだ。「最初の接触」を扱ったSFでは、未知の言語の解明と理解が主要なテーマになることがあるが、表題作のこの展開には驚かされた。
　さらに、言語学的な認識の背景に、水面で生じる光の屈折とか、因果関係に係わる時間感覚等が登場してくるので、物理学と哲学的な知識も求められる奥深い出来栄えとなっている。立花隆が残した「形而上学(metaphysics)」を理解するには、その下にある物理学(physics)を学ばなければならない。」（『知の旅は終わらない』文春新書）という至言を思い出した次第である。
　言語の相違による混乱と言えば、バベルの塔がある。この作品集の冒頭に収録されているのがその神話を模したと思われる「バビロンの塔」。やはり神の時代の物語。読者は、途方もなく巨大で天まで届く垂直な構造物へ導かれ、「神による創造」を垣間見ることになる。この地上を遥かに見下ろす浮遊感覚が、各作品で設定は異なるものの、巻末まで視点を惑わし続ける。
　最後の作品は「美」と「視覚」を扱ったドキュメンタリー風の作品。表象が人の判断に言語以上の影響を与えることが示される。読み終わると同時に、表題作を支える７作品がheptapodであることが分かるような構成になっていると感じだ。

タグ言語感覚

和書小松左京 - 生誕九〇年／没後一〇年現代思想１０月臨時増刊号

小松左京との出会いは『復活の日』だった…

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小松左京との出会いは『復活の日』だった。中学３年生の時である。早川書房の日本SFシリーズの記念すべき一冊目。それから、当時刊行されていた長編を立て続けに読んだ。そして『日本沈没』。発売の新聞広告を見てすぐに買いに行ったので、上下巻とも初版で入手した。1973年の３月だ。思い返すと、SFとの接近遭遇が歩むべき人生の方向をはっきりと照らし始めてくれた時期である。
　従って、本書は、半世紀を遡及する回顧である。手元に残っていない『日本アパッチ族』は、現代的な意味が再確認できたので、再購入することにした。大学生になった頃には、男女の危さが垣間見える短篇の「女シリーズ」を堪能した。本誌でも、一名の寄稿者が解説をしている。これらの作品も再読したくなった。
　小松左京の若かりし頃の生活や初期の作品にまつわる記録などは、『威風堂々うかれ昭和史』（中央公論新社）と『小松左京自伝』（日経ＢＰＭ）の復習になった。また、未読作品（ノンフィクション・芸道シリーズ）や他作家の関連著作が整理できたのは大きな収穫だった。
　そして、テレビ番組化を意識してか、『日本沈没』の考察は質と量ともに圧倒的である。個人的にも、生涯の一冊になっている。巻頭辞の「“大いなるもの”に立ちむかいつつある人々に」は座右の銘となり、物語中の「シェイクスピアを原著で読破した英語力」という台詞は、英語学習上の生涯の目標となり、また田所博士が叫んだ「直観と想像力」への近道はＳＦを深くそして広く読むことだということが実感できたなど、早い時期にこの小説を熟読できた幸福感が蘇ってきた。
　今思えば、社会人になってからのマニエリスムやカオス理論への関心の萌芽は、深海調査時に描写される「海底乱泥流」にあったようだ。この乱れは、それ以来、意識の底で渦巻いてきた。この小説は、高校時代の偉大な恩師である。
　天変地異が不可避である以上、小松左京が創作をとおして残した遺言を、何度も確認する日々に終わりはこないのだろうと思う。

タグ SF、日本沈没

洋書マーガレット・アトウッド『誓願　続・侍女の物語』（原書） The Testaments : A Novel

著者は1939年生まれのカナダ人作家。…

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著者は1939年生まれのカナダ人作家。本作品の前編であるThe　Handmaid’s　Tale（邦題『侍女の物語』）は1985年に発表されている。SFから離れていた時期が長かったので、この名作に辿り着いたのは、去年（2021年）の７月である。（コメント参照）
　実は、そのころ、著者名から本書のThe　Testamentsを購入しようと書店で手にとった際に、一連の物語の続編だと分かり、読む順番を整えたのだ。
　僅か半年で２作品を読んだわけだが、執筆の時間差は、実に34年である。2019年のThe　Testamentsの出版に併せ、The　Handmaid’s　Taleも新装版が出たわけである。私にとっては、絶妙のタイミングで２冊を順番に堪能する機会を得ることができたことは幸運だった。
　舞台は前作と同じ、米国内に誕生したギレアド共和国とカナダ。15年後の時代設定だ。前作でも登場した人物も出てくるが、巻頭に寄せられた賛辞の一つに、前篇を読んでいなくても没入できる旨の記述があるとおり、新たな女性主人公たちは、全体主義的な体制に縛られながらも、異なった未来を築こうとする。　
　邦題では、頻繁に記述される「神」を意識してか『誓願』となっているが、英単語としては、「真実」あるいは「遺書」の意味にもなる。この題名に隠された伏線としての記号の意味は、エピローグで明らかにされる。
　読者は、主人公が残した手書きの記録を密かに読んでいるはずなのだが、気がつくと、最後にはシンポジウムの聴衆の一人として、喪われた歴史の断片をつなぎわせていく学術講演を聴くことになる。2197年６月29日である。
　そして、15年の時を超えて、二つの物語が、一本の線で結ばれるのを実感し、二重の悦に浸ることになる。（講演者からは笑わされる場面もある。)この入れ子構造的な展開は、著者の真骨頂だ。
　80歳を超えても鋭い社会批判の眼を持ち続けながら、文学としてのSFの意義を追い求める姿勢にはほれぼれする。また一人、「読書という航海」に招待する作家が増えたのはいいが、刊行された著述は60冊を超えている。次に手に取る作品を選ぶのには苦労しそうだ。

タグ出産、全体主義、母親

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洋書 Foundation (Foundation)

『ファウンデーションシリーズ』と称され…

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『ファウンデーションシリーズ』と称されるアイザック・アシモフの『銀河帝国興亡史』をついに読み始めた。中学生の時に、創元推理文庫の『銀河帝国の興亡』を購入した記憶があるが、読んだ記憶も記録もない。転居の時に廃棄したようで、現物も手元に残っていない。
　本書は、その読みそこねた小説である。私が学生だった頃は、三部作だったが、1980年代から92年にかけて、４作品が追加され、最終的に、７冊の『ファウンデーションシリーズ』が完成した。追加された部分は、物語上の時系列で遡及するので、1952年刊行の本編は、シリーズの３番目に位置付けられるようになった。
　従って、最初の展開となるPrelude　to　Foundation『ファウンデーションへの序曲』から読み始めるべきだが、中学生の初心に戻って、アシモフの筆後を辿るのが妥当だろうと判断したのだ。次に読むのはFoundation　and　Empire『ファウンデーション対帝国』。（紀伊國屋ウェブストアで発注済）
　遥かなる未来を描いた作品だが、大宇宙というよりも、惑星や宇宙船といった閉鎖空間での社会的な描写が多く、スペースオペラのような星間活劇は出てこない。この視点が、当時、バローズやハミルトンの作品に夢中になっていた私のページをめくる意欲をそいだのかもしれない。未読でも心理歴史学者ハリ・セルダンの名は覚えていたが。
　21世紀の今、改めて読むと、物語中に出てくる「核エネルギー」が、作品が書かれた1955年の米国人の意識を反映しているようにも思え、「自由貿易」という視点も強調されており、未来史を読みながら、20世紀後半を臨む米国の立場が浮かび上ってくるようだ。喫煙の場面が出てくるのも、時代を感じさせる。
　SFというよりも銀河宇宙を舞台にしながらも、地球の文明史を描いた寓話のように思えてきた。この後、1980年代に加筆された部分から、どのような印象を受けるのかが楽しみだ。
　ついでに、このシリーズの背景にあるギボンの『ローマ帝国衰亡史』も、10巻にはなるが、読みたくなった。アシモフが得た閃きを共有できると思ったからだ。

タグ銀河帝国、ファウンデーション

洋書リチャード・パワーズ『オーバーストーリー』（原書） The Overstory

購入したのはビル・ゲイツが2021年の…

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購入したのはビル・ゲイツが2021年の夏の推薦図書に挙げていたからだ。幸い、家から二駅離れた紀伊國屋の店頭にあり、車で買い物に出たついでに購入。
　読み始める際に気がついたのが、表題の単語。overとstoryの２語かと思ったが、overstoryは一つのことばだった。ここで表紙の写真とその意味が結びついた。storyは「物語」ではなく、建物の「階」を意味するように、上の方にある階層を示しているのである。森という構造物の上層部分という意味になる。小説(story)という第一印象が、空を覆う樹木という生命の広がりへ昇華した。単なることば遊びの技巧を超えた題名である。
　前半では８つの短編を読むことになる。木々が関連してはいるが、独立した作品集のような雰囲気である。「根」という見出しでまとまっており、それらが、次の「幹」へと吸い上げられ、「頂」から「種子」へと進んでいく構成だ。
　文学の要素のすべてが堪能できるというのが、私の感想。繊細でありながら壮大でもある。回顧的でもあり現代的でもある。思想的であると同時に哲学的でもある。博物学的な記号論も垣間見える。現実と空想が交錯し、描かれる事象は、登場人物の心象をとおし、超自然的な現象に変容する場面もある。環境問題を提起しているようだが、個人としての生きざまにも眼差しがそそがれている。
　生命の神秘や人生の意義だけでなく宇宙の創生へも思いを馳せることになる。「文学」と「自然」とが融合し、癒され、励まされ、諭され、そして畏怖する読書体験。　木が年輪を重ねるように、じっくりと読むべき展開だ。著者の筆致は、少なくても私にとっては、速読を拒むものだった。
　2019年にピュリッツァー賞を受賞したのもうなずける現代アメリカ文学の新たな名作。因みに翻訳は『オーバストーン』という邦題で、新潮社から刊行されている。
　冬が来る前に、街を離れた木立の陰で読みたかった。

タグ樹木

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和書須永朝彦小説選ちくま文庫

須永朝彦は、長い間遠い存在だった。神保…

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須永朝彦は、長い間遠い存在だった。神保町で何度も手に取った『須永朝彦小説全集』（国書刊行会）。薄給の私には、購入を躊躇する価格がついていた。長い間、幻の作家だったわけである。
　本書を最寄りの店舗で見つけた時には驚いた。帯に「追悼」とあるではないか。冥界の住人が永住の地に旅立ったのを知った。居ても立っても居られず、家に戻ると、読みかけの本をわきへ寄せ、すぐにページをめくり始めた。
　目にやきついている豪奢な装丁には見劣りするが、異界の女王、山尾悠子の編集で心地よい手触りの文庫本として蘇生した作品は、どれもが怪しく眩い光と共にもどかしいばかりの悦の芳香を放ち、夢見心地へと誘ってくれた。
　「小説選」とあるが、美しく、しなやかな筆の運びをとおしての「見物小屋体験」だ。それぞれの場所で、驚き、恐れ、そして魅せられる。短い描写だからこそ、刹那の背後に隠れた悠久を覗き見することもできるのである。
　舞台も、部屋、館、都市へと拡散したかと思うと、語り部の意識の中へと収斂したりもする。次元の交錯も感じられ、「世紀末の文化のディスクールのなかにしばしば登場する層のイメージ」（富山太佳夫『ダーウィンの世紀末』青土社)という比喩を思い出した。
　目くるめく夢幻世界の逍遥。この歪んだ感覚は、出口から現実へと足を戻しても、しばらくは脳裏を揺さぶることになる。
　落ち着こうと目を閉じると、ほぼ同時に刊行された『ユリイカ臨時増刊号-詩と批評　須永朝彦1946‐2021』が手招きしているのが見えている。
　遥か彼方にいた奇なる作家が、私の手狭な書斎に降臨しようとしている。

タグ冥界

和書失踪者白水Ｕブックス

カフカの作品については、文庫本か英訳で…

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カフカの作品については、文庫本か英訳で主な作品を読み少しずつ進めてきたところ、白水社で見つけたのが本書『失踪者』である。
　それほど詳しい知識があるわけではないが、この表題の長編の存在を知らなかった。手にとって分かったのは、以前は『アメリカ』という題名で刊行されていたということである。思い出したのは、その「旧称」を学生時代に神保町で見たことがあり、当時は、紀行文だと勝手に決めつけていたので、購入することもなく意識から消えていたのだ。
　本編の呼称の変更については解説にある。因みに紀伊國屋書店ウェブストアの古書検索の英語版ではThe　Man　Who　Disappeared　(America)と併記になっているものもある。書き換えられた後のタイトルは「消えた男」である。この経緯そのものが小説のようだ。
　世間から失踪した人物を探す展開かと思ったが、主人公が移民してきた米国での新たな生活と経験、そして移動を綴った物語。自由の女神が欧州からの移住者を迎えるニューヨークから最後は山岳地帯を走る列車の場面で終わる。放浪の旅のような雰囲気でもある。
　主人公は若い。新天地での今後は、最後の場面で、車窓から彼が感じる「冷気」が暗示している。しかしながら、章立てからして、中途半端な印象は拭えない。公には「未完」となっていないが、私にとっては、この長編も『城』以上に、後味の悪い断筆である。
　主人公は「祖国から消えた男」という意味なのだろう。冒頭で、故郷から逃避せざるを無くなった経緯（いきさつ）が簡単に述べられる。この伏線が、希望の地である米国で、数年後に彼の運命に大きく影響するような構成を妄想してしまうのである。
　ドイツ語の知識は無いが、原題を辞書で英語に直訳するとthe　missing　person、文字通り「失踪している人」となる。邦題は、上記の英語版のそれよりもこの意味を適切に表現している。
　この点を改めて考えると、カフカが描こうとしたのは、ドイツに残された子どもの将来だったのではないだろうか。未熟な父親の失踪先として選んだアメリカがあまりも広いので、著者自身が執筆の途中でこの広大さに埋もれてしまったような印象を持った次第だ。

タグ失踪、米国本土

和書スナーク狩り

本書はルイス・キャロルが1876年に出…

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本書はルイス・キャロルが1876年に出版した物語詩。『鏡の国のアリス』の発表から４年後、『シルヴィーとブルーノ』刊行の13年前の作品。
　この詩は、原文と共に、ちくま文庫の『ルイス・キャロル詩集』に収録されているが、今は入手困難になっている。トーベ・ヤンソンの挿絵がついてた本書の日本語訳は、読みやすく、この奇天烈な物語を、リズムよく楽しむことができる。巻末の「反歌」は翻訳者の洒落た味付けで、原作にはない。
　しかし、アリスの話以上に意味不明な表現があるので、著者の戯言に振り回される覚悟が必要になる。いわゆる「ことば遊び」である。さらに、島という閉鎖空間で展開する幾何学的な８部構成に、閉塞感も味わうことになる。
　最後に用意された種明かしは、さらなる「謎」を呼ぶ仕掛けになっている。実は、キャロルが最初に思いついたのが、この結末の文章だったのだ。（『キャロルの日記』）スナーク＝ブージャムの等式が、散歩中に著者の意識に降臨し、そこから展開が遡及した。
　この作品が児童文学に分類される所以は、翻訳では割愛されているが、英国での出版時に巻頭に掲載された詩に、ある少女の名が隠されていたためだろう。『スナーク狩り』を完成させた前の年に、休日で訪れていた海岸で知り合った当時９歳のガートルードという子どもの名前である。
　中年になっても、熱心に少女を慕う孤独な数学者の心に、アリスとの別れが影を落としていることを、この作品から読みとろうとするのは、不謹慎な詮索だろうか。
　目次の章立てに使われている「～の歌」は、原著ではfitという多義語の名詞である。もちろん和訳の意味もあるが、「感情の噴出」とう発作的な意味もある。初版本には　An　Agony　in　Eight　Fitsという副題もあったようだ。（Wikipedia）agonyは「苦悶」である。
　この詩を読む度に、巧みなノンセンスを堪能すると同時に、少々、暗い気持ちにもなるのである。写真の現像で暗室にこもるキャロルの姿を思い浮かべてしまう。

タグスナーク、ブージャム

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和書目眩ましゼーバルト・コレクション（新装版）

表題に文字どおり目を奪われた。「目眩」…

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表題に文字どおり目を奪われた。「目眩」ではなく「めくらまし」だ。つまり、作者が読者の視界を奪うという少々乱暴な表現になっている。この辺りは、訳者が巻末で私見を述べている。カフカの短編を意識した旨の説明が、帯にも書いてあるので、雰囲気は読む前からある程度予想はついた。
　四編が収録されているが、各物語の展開は据え置いて、強く印象に残った箇所だけを述べる。最初は「屋根裏」の場面である。「帰郷」という作品だ。
　片づけられたことがない屋根裏部屋に上った主人公は、そこに積み上げられた「壮観」にたじろぐものの、親近感も感じていく。覗き見の悦楽に耽る乱歩の「散歩者」の視点ではなく、レイ・ブラッドベリが短編「サルサの匂い」（『メランコリの妙薬』収録）で語った思い出の品々を巡る過去への誘いである。閉じられた空間に放置された数多くの品々に彼は目を奪われ、回顧的な雰囲気が醸し出される。
　ここでの静物の描写は、里帰りのために乗車した列車の窓から見えた動く風景の前述と、空間は離れるが、絶妙な対比となっている。
　二つ目は、書かれた文字に隠された文学の名作である。（同上）朧気に表出したのはシェイクスピアの『冬物語』。主人公は、『ボヘミアの海』という書物を探したが見つかっていないと語る。実際に、この書は存在しないのだ。欧州の地図を見ればわかるが、チェコの一部である内陸にあるボヘミアは、海には接していない。この架空の本は、幻の場所の寓意として使われている。
　その直前に引用される冬景色の詩が、シェイクスピアの『冬物語』からの引用だ。原著には「ボヘミアという砂漠に船が上陸する」というような台詞がある。
　最後は、燃え上がる炎で読者の目をくぎ付けにする、サミュエル・ピープスの『日記』からの引用。ここで、読者はピープスの目撃を介して、ロンドンの業火を目の当たりにする。
　そして、ウィンザー公園が視界にあるものの、灰の雨に視界を奪われる翌日の場面で、この短編集は幕を下ろす。
　1800年のナポレオンのサンベルナール峠越えから始まるこの連作集は、時空の移動に魅了されるファンタスマゴリー（幻灯機を用いたショー）だ。

タグ目眩、幻燈

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