出版社内容情報
平安前期、嵯峨天皇の皇后。奈良麻呂の変で凋落した橘氏に生まれるも、嵯峨の寵愛を受けて皇后にまで上り詰める。嵯峨の死後も仁明天皇の母として影響力を発揮し、承和の変ではその決断が結末を左右した。尼寺檀林寺を創建するなど篤く仏教を信仰し、晩年には橘氏の教育施設である学館院を設立。後世の「檀林皇后」像を取り払い、その実像に迫る。
内容説明
平安前期、嵯峨天皇の皇后。奈良麻呂の変で凋落した橘氏に生まれるも、嵯峨の寵愛を受けて皇后にまで上り詰める。嵯峨の死後も仁明天皇の母として影響力を発揮し、承和の変ではその決断が結末を左右した。尼寺檀林寺を創建するなど篤く仏教を信仰し、晩年には橘氏の教育施設である学館院を設立。後世の「檀林皇后」像を取り払い、その実像に迫る。
目次
第1 家系と出生
第2 嵯峨後宮への道
第3 嘉智子の婚姻
第4 皇后嘉智子の誕生
第5 嘉智子期の皇后と皇后宮
第6 皇太后そして太皇太后へ
第7 太皇太后嘉智子の宗教活動
第8 承和の変と嘉智子
第9 晩年の嘉智子
第10 嘉智子の崩御とその後
第11 嘉智子像の変遷
著者等紹介
勝浦令子[カツウラノリコ]
1951年京都府生まれ。1981年東京大学大学院人文科学研究科博士課程単位取得退学。高知女子大学専任講師・助教授、東京女子大学助教授・教授を経て、東京女子大学名誉教授。博士(文学)(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
※書籍に掲載されている著者及び編者、訳者、監修者、イラストレーターなどの紹介情報です。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ドワンゴの提供する「読書メーター」によるものです。
崩紫サロメ
12
橘嘉智子は嵯峨天皇の皇后で、祖父は反逆者として死んだ橘奈良麻呂、その祖母は橘氏の祖である橘三千代である。桓武天皇から淳和天皇までの時期は兄弟や甥への相続が続いたが、嘉智子の孫・文徳天皇への継承により直系相続が確立した。その過程で嘉智子の娘・正子内親王の子である恒貞親王が廃位された。嘉智子は法華寺十一面観音像などを通して、自身と光明皇后を重ねるイメージ戦略を採っていった。嘉智子は後に檀林皇后と呼ばれる。室町時代には禅宗との結びつきが、17世紀には女訓物のなかにあるべき理想的な女性として描かれた。2026/06/15
源義
1
橘嘉智子についてというよりも橘嘉智子の周辺を固めていくという印象。嘉智子本人に触れるのではなくその周りの橘氏、嵯峨天皇の他の女御・更衣、宗教活動(檀林寺、禅僧招聘)、学館院といった嘉智子に関わる物事の分析。故に橘嘉智子像は見えづらく、なぜ後ろ盾もなく皇后になれたのか、なぜ太皇太后として後宮に君臨したのに橘氏は繁栄しなかったのか、そして何よりも承和の変にどう関与したのか、知りたかったことはわからずじまいだったのは残念。2026/03/05
-
- 電子書籍
- 母とうつと私。9 Vコミ




