内容説明
◎1985年、19歳の時にショパン国際ピアノコンクールで優勝した天才ピアニスト、スタニスラフ・ブーニン。ダイナミックで華麗な演奏は世界中を魅了し、日本では「ブーニン・シンドローム」とさえ呼ばれる熱狂を巻き起こした。その後、音楽活動の自由を求めてソ連から当時の西ドイツに亡命。ドイツと日本の二拠点で生活しながら充実した日々を送っていた。しかし、2013年10月。予定されていた公演を突然キャンセル。舞台から姿を消した。
◎左肩の「石灰沈着性腱板炎」で左手がマヒ。さらに復帰を目指し始めた矢先、今度は自宅で転倒し、左足を骨折した。持病の1型糖尿病の影響で患部が壊死し始めたため、その部分を切除する大手術を行う。
◎「それでもピアノを弾きたい」――。妻・榮子さんの後押しもあり、ブーニンは舞台復帰を目指す。2022年6月にはミニリサイタルを開催。さらに翌年は、代名詞のショパンを演目に据えたツアーを開催。復帰を目指す姿に密着したNHKのドキュメンタリーは大きな話題を呼んだ。
本書は過去のドキュメンタリーに2025年シーズンの公演の模様などを大幅に加筆し、ブーニンの人と音楽の魅力をあますことなく伝える。
目次
第1章 消えた天才ピアニスト
第2章 “自由”を求め続けて
第3章 復帰への苦闘
第4章 日本に愛された天才ピアニスト
第5章 ショパンをもう一度
終章 これからのブーニン
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ドワンゴの提供する「読書メーター」によるものです。
お抹茶
1
日本での復帰公演までの軌跡を,生い立ちやソ連時代の苦労,亡命,病気や怪我も振り返り,関係者へのインタビューも交えて記す。16歳の頃から馬車馬のように働き身体的・精神的に疲労がたまり,演奏活動を支えた人々も亡くなり,長期休養が必要だった。大事な左足を8cm短くするという大手術で切断は免れたが,なかなか満足できる演奏はできず苦しんだ。ソ連の過酷な運命から逃れるため西ドイツで亡命をした時,「僕たちを乗せた車が走る道から“自由への香り”が漂ってきました」。妻・榮子のサポートと温かさも十分伝わる。2026/01/23
卓ちゃん
0
NHKのショパンコンクールの特集でブーニンの異次元な演奏を聴いたときの衝撃は、今でも忘れられない。反田恭平さんはブーニンのレッスンを受けたとき「ピアノは歌う楽器だ」と繰り返し言われたらしい。ブーニンが表舞台から消えてしまっていてどうしたんだろうと思っていたが、病気やケガで弾けなくなっていたとは知らなかった。自由のないソ連から決死の覚悟で亡命をしていたとは。2026/02/02
michi44
0
1985年のショパンコンクール優勝、翌年の来日コンサートの大騒ぎぐらいしかピアニストブーニンに関する知識は無かったが、それでもこの本は興味深く読めた。奥さんが日本人なこと、ライブ会場には自分のピアノを持ち込む、ヘビースモーカーの為喫煙所が必須などの細かな周辺情報も得られた。2013年肩の故障、左足切断の危機、最愛の母の死。度重なる苦悩から2022年復帰まで経緯はどれも興味深いです。反田恭平さんや辻井伸行さんとのつながりもあったんですね。 2026/01/26
ゼロ投資大学
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天才ピアニストの「ブーニン」。若くしてその才能を認められ、長年に渡って世界中でピアノの演奏者として多くの聴衆を魅了してきた。しかし、病気によって、ピアノを弾くことが難しくなり、長期療養に。足を義足に変えれば身体的な負担は少ないが、それではピアニストとしては終わってしまう。本人は人生の終わりを意識し、最後に残った大切なものが音楽であることを自覚し、ピアニストを続ける道を模索する。2026/01/15
かさい
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ちょうど最近ブーニンの英雄ポロネーズを聴いていたところで書店で見かけて購入。 左手がうまく動かせなくなり、最愛の母が他界し、失意の中で活動休止に至ったブーニンが妻の榮子さんとの協力体制で2022年に復帰するまでを追った1冊。 老化にまだブーニンが馴染めていない感じと、その中でそれでも自分の最善を追い続ける姿があまりにもプロフェッショナルで、これを単に「天才」としてしまうのは惜しい気がしました。 ちょうど来年1月に東京でコンサートがあるとのことで慌ててチケットを予約した次第です。2025/12/24




