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内容説明
「まじめ」を隠れ蓑にした「思考停止」の罪―――
1942年1月20日、「ユダヤ人問題の最終的解決」を話し合う政府合同会議が、
ベルリン郊外のヴァン湖畔で開かれた。いわゆる「ヴァンゼー会議」である。
国家保安本部長官ハイドリヒ親衛隊大将など錚々たる幹部が出席した同会議に、
事務方として参加していたのが、アドルフ・アイヒマンである。
アイヒマンは、支配地域で増え続けるユダヤ人を負担とみなし、
効率よく殺害する計画策定で大きな役割を果たした。
そして、戦後は南米に逃亡するも捕えられ、イスラエルでの裁判の結果、
死刑に処せられた。
本書は、法廷で「命令に従うしかなかった」と述べ、自らを正当化した
アイヒマンの生涯を追い、従順さが内包する危険性について警鐘を鳴らす。
上位者の命令に対して従順な国民性を持つ日本人こそ必読。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ドワンゴの提供する「読書メーター」によるものです。
パトラッシュ
132
大量虐殺されるユダヤ人移送に尽力したアイヒマンは、命令に従っただけで罪も責任もないと主張した。職務遂行に際しての生真面目さは社会人に不可欠の資質だが、その行為が悪と感じても見て見ぬふりをする人は多い。「組織で生きるための処世術」と割り切っていたアイヒマンに対し、森友学園問題で上司から文書改竄を強要された財務局職員は「不正に加担した」葛藤に耐え切れず自殺した。後者は正しいと称賛する側も、同じ立場になれば損をするとわかっていても命令に従わないと断言できるか。鏡を覗いたらアイヒマンの顔が映っているかもしれない。2023/10/28
trazom
104
アーレント氏と同様に、アイヒマン裁判の傍聴記を記した日本人が二人いる。犬養道子さんと村松剛さん。特に「私を含むすべての「普通の」人の中に、きっかけさえ与えられれば、彼と大差ない存在となり得るどす黒い悪魔的な可能性が潜んでいる」と踏み込んだ犬養氏の文章は衝撃的である。「悪の陳腐さ」を指摘しつつも一般化することを戒めたアーレント氏との対比は明らかだが、多くの日本人は、犬養さんの感性に共感するだろう。しかし本書は、それ以上考察を深めることなく尻切れトンボに終わる。ここからが本当の「アイヒマンと日本人」なのに…。2024/03/25
breguet4194q
101
アイヒマンと日本人の共通項を見いだすと言う視点が面白いです。著者の主張は最終章に込められており、それ以前はアイヒマンの誕生から軍でのキャリアなどの説明となってます。想定どおりでしたが、アーレントの評論やミルグラムの実験結果も紹介され、その上で、日本人のアイヒマン的性向に対して、警鐘を鳴らしています。しかし、その重さの割に、その解決策が見いだせていない現実の危うさ(軽さ)を問題視して、主張は終わっています。もう少し解決策を掘り下げて欲しかったです。2024/09/06
塩崎ツトム
30
「アイヒマンとは誰だったのか?」についての入門書。ぼくがそういう集団から無能の烙印を押されてドロップアウトした身分だからわかるが、集団の中で評価されて、与えられる裁量が増して、上長に自分の意見が受け入れられて、部下や他人が自分の肩書きや命令に従うのは、目もくらむようなとてつもない快感なわけで、ファシズムというのはそういう快感の中毒にさせることで社会をコントロールさせる機構だったのだろう。なんかアイヒマンには総合商社社員みたいな、「日本式エリート」の臭いがするんだよな。2023/08/19
まると
28
こうして改めてアイヒマンの足跡をたどりながらナチスドイツのユダヤ人絶滅作戦を見てみると、ホロコーストは官僚化と近代化の産物だったのだと再認識させられる。いつの世も巨大組織の人間っていうのは、面倒に巻き込まれるよりもルールに従っていた方が楽だから、「上からの命令」を盾にして、責任を転嫁して思考を停止してしまうものなんだ。筆者は、そうした行動原理はとりわけ日本人に当てはまると指摘し、その理由を「従順さを重視する教育システム」に求めているが、このタイトルで一冊書くのであればその論拠をもっと示してほしいところだ。2024/11/02




