内容説明
病躯を引きずるように英国から戻ったショパンは、折からのコレラの大流行を避けてパリ郊外へ移った。起きあがることもままならぬショパンを訪なう様々な見舞客。長期にわたる病臥、激しい衰弱、喀血。死期を悟ったショパンは、集まった人々に限りなく美しく優しい言葉を遺す。「小説」という形式が完成したとされる十九世紀。その小説手法に正面から挑んだ稀代の雄編。堂々の完結。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
ヴェネツィア
313
平野啓一郎によるショパンに捧げる壮大なレクイエムがここに完結。全編を通してみれば、極めて論理的で思索的なドラクロワと、感覚的で繊細なショパンが対比的に描かれた作品ということになろうか。文学に準えるならば、長編小説的なドラクロワと詩人的なショパンだろう。平野は残された多くの文献資料を用いて、小説作品に構築していった。それは絵画と音楽への散文の側からの挑戦でもあっただろう。マドレーヌ寺院に流れるモーツアルトの「レクイエム」はショパンの葬送にまことに相応しいと思うが、彼の魂はワルシャワを希求していただろう。2016/07/20
のぶ
61
ショパンの病状は徐々に悪化していって、ドラクロワ他、多くの友人が見舞いに訪れた。そこでの会話でも死に向けられたものが多い。周辺でも多くの死が描かれて、やがてショパンも祖国への想いを遺しながら最期を迎える。下巻は全体が死に包まれているような感じだった。葬儀が多くの人に送られて荘厳に執り行われて、その後思い出が綴られて物語は幕を閉じる。作品全体を通して多くの人物が登場したが、紛れもなくショパンの生涯を描いていて、一作曲家の話に留まらず、社会の大きなうねりを巻き込んだ壮大な物語だった。2016/06/18
優希
56
死へと向かう暗黒がありながらも引きつけられずにいられないものを感じました。苦しくて悲しいのはわかっているのに。それはおそらくショパンという天才あればこそなのですね。壮大な物語を堪能しました。2022/12/14
tomo*tin
30
まるで自分が19世紀のパリに潜り込んだような気分で読む。天才たちと彼らを取り巻く人々の愛と苦悩、光と闇。19世紀パリだろうが21世紀日本だろうが人間が心に抱えているものに大差はないのだろう。時代や立場は違えど、人である限り免れないものはあるのだと思う。送る者と送られる者の溝が埋まらぬように。しかし長かった。インテリジェンス溢れる饒舌な語り口が印象的で、決して嫌いではないのだけれど、途中で何度か飽きそうになってしまったのは私にインテリ成分が足りないからなのだと思います。2009/09/13
崩紫サロメ
24
昔ハードカバーで読んだが、文庫本にするとこの1冊がショパンの死に向かっていくその時間となる。著者はこのとき20代だったと思うが、死というものを緩慢に受け入れるのではなく、ショパンもその周りの人も激しい葛藤の中で向きあおうとするところに、若い感性を感じる。ドラクロワが「記憶の中の彼は永遠にその瞬間の彼のままで居続けなければならない。すると、生きているということはその自由のことなのだろうか?」と考える場面、初読でも印象に残っていたが、やはり同じところにハイライトを入れていた。2020/11/04