出版社内容情報
対話の哲学者ブーバー ――その生涯と思想の全貌がここに
日本語版への序文
序 文
第一部 『我と汝』への道
第1章 幼・少年期と青年期
第2章 シオニズム
第3章 神秘主義――ハシディズムの発見
第4章 第一次世界大戦前の「実現」の教え
第5章 第一次世界大戦と対話への飛躍
第6章 共同体社会主義と革命――ランダウアーの殺害
第7章 大戦後のシオニズム、教育、政治
第8章 『我と汝』の高みへ
第二部 ワイマール共和国とナチス・ドイツの時代
第9章 ローゼンツヴァイクと聖書翻訳
第10章 ワイマール共和国
第11章 ナチス政権下のドイツ
典拠一覧
日本語版への序文
私がシカゴ大学に、五六〇ページに及ぶ博士論文「マルティン・ブーバー 神秘主義的、実存主義的、社会的預言者。悪の贖いに関する研究」を提出して博士号を授与されたのは、ちょうど今から半世紀前のことである。
一九四四年に、私が初めてマルティン・ブーバーの二冊の著書を読んだとき、アメリカでは、ブーバーはほとんど知られておらず、著書は一つも出版されていなかった。一九五三年においてさえ、私の恩師ヨアヒム・ヴァフ教授(世界宗教学)がシカゴ大学出版局に出版を推奨し、出版顧問もこれを強く支持したにもかかわらず、評議員会にはマルティン・ブーバーについて聞いたことのある者は一人もいないという理由で却下された。こうした状況は、一九五〇年代に、ブーバーが三度アメリカを訪れたことによって、また著書が多数アメリカで出版されたことによって変わり始めたのだが、一部は翻訳者および非公式の著作権代理人としての私の努力によるものだった。
死後三十五年を経た今日、マルティン・ブーバーの名は世界中に知られており、彼の著書はドイツ語またはヘブライ語から、日本語を含むさまざまな言語に翻訳されている。その中で最もよく知られているのは、おそらく彼の最高傑作『我と汝』であり、ブーバーみずから彼の成熟した思想の最初の表現と見なした作品である。
博士論文を書いていたとき、私は自分からブーバー教授に連絡しようとはしなかった。友人のアブラハム・ヨシュア・ヘシェルからブーバーは多忙な人だと聞いていたからだ。一九五〇年の春に、私は母と二人でブーバーに一通の手紙を送った。そして母は一人で新国家イスラエルへ旅行した。母はバスの旅に難儀しながら、ブーバーに会うためにエルサレムに行った。彼女は私のことについてブーバーと話した。二人が何を話したか、私は一度も聞かされなかったし、訊ねもしなかったが、ブーバーが自分から手紙をくれて、母から聞いた結果、私に力をかしたいと思っていると伝えてきた。ブーバーは私に、あなたの生き方について率直に、しかしどうか分析は抜きにして書いて送ってほしい、また博士論文が製本されたら一部送ってほしいと言った。この手紙は私の人生において重要な意味をもつことになった。これがきっかけとなって、ブーバーの生涯と思想についての、私の半世紀に及ぶ研究が始まり、そして、ブーバーにせがまれて、十冊を超える彼の著書の翻訳と紹介に取り組むことになった。
私が送った博士論文を読んだあとで、ブーバー教授は、これは自分について書かれたものの中で、自分の思想の核心を本当に掴んでいる唯一の著作だと返事をくれた。彼は、重要な著作なので出版すべきだと言ってくれたが、それは実に、ブーバーその人との親密な対話の中で、その後さらに四年間の研究を経てからのことだった。この対話の中で、私の博士論文はブーバーの思想に関する全面的総括のための序説にすぎないと位置づけられることになった。ロンドンのルートリッジ&キーガン・ポール社の協力を得て、それは実際に『マルティン・ブーバー 対話的生』というタイトルでシカゴ大学出版局から出版された。そしてブーバーはこの本を自分の思想に関する最高水準の研究と評してくれた。それ以来、翻訳は別として、私がブーバーについて書いた本は六冊を数えるが、その一つである三巻本の研究『マルティン・ブーバーの生涯と仕事』は、一九八五年に全米ユダヤ書籍賞(伝記部門)を授与された。また、『現代の哲学者叢書』の『マルティン・ブーバーの哲学』の巻、および『哲学的質疑』のブーバーに関する節は、私の編集になるものである。日本では、ブーバーの『我と汝』と、『マルティン・ブーバーの哲学』に収録した論文の多数が日本語に翻訳され、日本の教育者や神学者がブーバーについて書いた本も多数出版されている。
本書『評伝マルティン・ブーバー 狭い尾根での出会い』は、さまざまな意味で私のマルティン・ブーバー研究の頂点をなす作品である。三巻本の『生涯と仕事』ほど包括的ではないけれども、そこにはより多くの生活と、思想の精髄が含まれている。アメリカでは、ハードカバーとペーパーバックの両方で出版されており、スペイン語版も二種類ブエノスアイレスで出ている。一九九九年十月には、ドイツ語訳がフランクフルト・ブックフェアーの開催に合わせて出版された。十月の間中、私はドイツでブーバーの思想のさまざまな側面について非常にたくさんの講演をおこない、ロシアの文芸批評家ミハイル・バクーチンやフランスの哲学者エマニュエル・レヴィナスといった思想家たちとの比較をおこなったりもした。
今回の日本語訳の出版は、ブーバーへの日本の読者の関心を再び喚起するための一手段として、私の『評伝マルティン・ブーバー 狭い尾根での出会い』を選んだ日本の出版者河合一充氏の尽力と献身によるものだが、おそらくこの本の成功の頂点となるだろう。
私はこれまで東京と京都で数日を過ごすという名誉しか与えられたことがないけれども、非常に古くからの禅の崇拝者であり、一九五一年に、ブーバー教授と偉大な禅学者鈴木大拙博士がニューヨーク市に来たとき、二人を引き合わせる手伝いをしたこともある。
一九九一年十月に、私はサンディエゴ州立大学で、人間科学に与えたマルティン・ブーバーの影響をテーマとする国際的な学際会議を主催した。そのとき、天皇にじきじきブーバーの『我と汝』を贈ったことのある日本の大学教授と、彼のカナダ人の弟子が出席し、後者は日本に長年住んでいる人物だが、ブーバーとフェミニズムについて、印象的な演説をした。この数十年、マルティン・ハイデッガーの思想と日本の偉大な禅学者西谷啓治との出会いは、実り多い結果をもたらしたが、西谷のマルティン・ブーバーの思想との出会いについてもまったく同じことが言える。
私の願いは、人および思想家としてのマルティン・ブーバーと、今日の日本の文化および思想とのあいだに、より充実した、より深い出会いが起こること、そして、私の『評伝マルティン・ブーバー 狭い尾根での出会い』の日本語版出版が、その一助となることである。
モーリス・フリードマン
内容説明
対話の哲学者ブーバー、その生涯と思想の全貌がここに。ブーバーに最も近い米国の哲学者フリードマンによる労作。待望の評伝の決定版。
目次
第1部 『我と汝』への道(幼・少年期と青年期;シオニズム;神秘主義―ハシディズムの発見;第一次世界大戦前の「実現」の教え;第一次世界大戦と対話への飛躍 ほか)
第2部 ワイマール共和国とナチス・ドイツの時代(ローゼンツヴァイクと聖書翻訳;ワイマール共和国;ナチス政権下のドイツ)
著者等紹介
黒沼凱夫[クロヌマヨシオ]
1944年生まれ。東北大学大学院経済学研究科博士課程(社会思想史専攻)修了。現在松本歯科大学講師(社会思想)。訳書に「心が生かし、心が殺すストレスの心身医学」他
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