日活昭和青春記―日本でもっとも長い歴史をもつ映画会社の興亡史

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日活昭和青春記―日本でもっとも長い歴史をもつ映画会社の興亡史

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  • サイズ B6判/ページ数 318p/高さ 19cm
  • 商品コード 9784872905823
  • NDC分類 778.09
  • Cコード C0036

内容説明

東洋一の撮影所を築き、映画館ほか日比谷日活ホテル・ゴルフ場・ボウリング場を所有する総合レジャー企業として、栄華をきわめた「日活」。60年代70年代を経て様々な企業に買収・転売されるなど苦難の歴史をたどり続けてきた。経営母体が様々に変わろうとも、仕事への夢を共有する仲間たちとともに、誇りを知恵に変え時代を乗り切った100年企業の苦闘史を表も裏も知る著者による昭和青春記。

目次

興隆と危機に出遭った日活人
日活の転機と経営者
一九六〇年代とはどんな時代だったか
暗転
見えない展望の中で
労使対立の時代
日活の解体が始まった!
日活国際会館売却と映画崩壊
映画事業方針の転換
七〇年代の転機
大映と日活、営業統合の失敗
日活資産売却反対と映画続行の闘い
新段階迎えた経営再建闘争
七〇年代の再建闘争と撮影所問題
撮影所の買戻し成る
撮影所開発と財務改革
七〇年代の転換と映画の変化
八〇年代の光と影
バブル経済の判断と誤算

著者等紹介

松本平[マツモトタイラ]
1934年(昭和9年)2月15日東京都稲城市生れ、1954年、日活撮影所入社、美術部スタッフとして、黄金時代、多くの日活作品に参加。その後、1965年、日活撮影所の組合委員長、日活労働組合中央執行委員長などを経て、1983年(株)日活取締役に就任する。取締役就任後、同社開発企画室長、ニューメディア事業本部長、映像事業統括担当専務、調布ケーブルテレビ専務を歴任し、1993年、同社を辞任。1995年(株)東北新社に移籍、衛星事業関連を担当、(株)プレイボーイ・チャンネル・ジャパン社長に就任。退任後、イーステーション代表取締役社長(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
※書籍に掲載されている著者及び編者、訳者、監修者、イラストレーターなどの紹介情報です。

出版社内容情報

盛衰激しい映画産業の中で、じっと耐え抜いた一企業の裏面史

映画館のほかホテル・ゴルフ場・ボウリング場をもつ総合レジャー企業として一時代を築いた「日活」
設立当初からぐらぐらだった経営陣、様々な企業に買収・転売されるなど苦難の歴史をたどり続けてきた。
経営母体がさまざまに変わろうとも、仕事への夢を共有する仲間たちとともに、時代を乗り切った100年の苦闘を元幹部が初めて描く。

はじめに
 序            
        
第一章 興隆と危機に出遭った日活人
第二章 日活の転期と経営者 
第三章 一九六〇年代はどんな時代だったか 
第四章 暗転 
第五章 「見えない展望」の中で    
第六章、労使の対立時代   
第七章 日活の解体が始まった!
第八章 日活国際会館売却と映画崩壊
第九章 映画事業方針の転換       
第十章 七〇年代の転期        
第十一章 大映と日活、営業統合の失敗     
第十二章 日活資産売却反対と映画続行の闘い   
第十三章 新段階迎えた経営再建闘争        
第十四章 七〇年代の再建闘争と撮影所問題     
第十五章 撮影所の買い戻し成る         
第十六章 撮影所開発と財務改革        
第十七章 七〇年代末の転換と映画の変化   
第十八章 八〇年代の光と影        
十九章 バブル経済の判断と誤算    

おわりに         

【著者紹介】
一九三四年 (昭和九年)二月十五日東京都稲城市生れ、一九五四年、日活撮影所入社、美術部スタッフとして、黄金時代、多くの日活作品に参加。その後、一九六五年 日活撮影所の組合委員長、日活労働組合中央執行委員長などを経て、一九八三年 ?鞄?活取締役に就任する。取締役就任後、同社開発企画室長、ニューメディア事業本部長、映像事業統括担当専務、調布ケーブルテレビ専務を歴任し、1993年、同社を辞任。一九九五年 ?鞄喧k新社に移籍、衛星事業関連を担当、?潟vレイボーイ・チャンネル・ジャパン社長に就任。退任後、現在、?潟Cーステーション代表取締役社長。現職のかたわら、歴史への強い関心から郷土史に関する著作を自費出版する等、生涯現役を目指し活動中。