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目次
第1部 岸田劉生とは何者か?(銀座の子:子どもから青年へ 〇~十九歳(一八九一~一九一〇年)
涙と首と草と土:ヒユウザン会から草土社へ 二十~二十五歳(一九一一~一九一六年)
海辺の癇癪男:鵠沼から震災まで 二十六~三十二歳(一九一七~一九二三年)
江賀海鯛:京都から鎌倉へ 三十三~三十八歳(一九二四~一九二九年))
第2部 岸田劉生は何をしたのか?(僕って何―自画像;岸田の首狩り―肖像画;やっぱり土が好き―風景画;林檎と壺の間には―静物画;いい子のれい子、いいれい子ォ―麗子像)
著者等紹介
蔵屋美香[クラヤミカ]
千葉県生まれ。東京国立近代美術館企画課長。第55回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展日本館キュレーターも担当(2013年、アーティスト:田中功起、特別表彰)(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
※書籍に掲載されている著者及び編者、訳者、監修者、イラストレーターなどの紹介情報です。
感想・レビュー
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アキ
83
岸田劉生展では重要文化財の麗子像、中国の宋の絵画に影響を受けた東洋画や軸、神奈川県鵠沼時代の風景画、デューラーの影響を感じさせる武者小路実篤などの肖像画、セザンヌの林檎に触発されたような静物画に、38歳の若さで亡くなった画家の変遷を感じることができた。1911年大正末期から1929年昭和初めにかけての日本の風俗画としても見ることができる。その頃の日本は土が剥き出しで、道や土地を多く描いたのは、そこに生命力を感じたのだろう。最後に1921年麗子像では毛糸の肩掛けもまるで肌触りが感じられる程で素晴らしい。2020/02/26
booklight
36
ものの内なる美をどう表すか。写実にいくか。それだけではなくて、違和感によって「変にミスチック(神秘的)な」感じをどのように出すか、というのが面白い。額縁を描くことで、絵のような、絵の絵のような感じを持たせる。子供の顔を寒山拾得の老人のように描く。土を新旧の時代の狭間のように描いて違和感を持たせる。ゴッホ、デューラー、セザンヌ風と移ろっていてもその企みが仄かに残る。「道路と土手と塀」の明るさと不穏さの併存、自画像の率直さと不遜の共存も理解ができた。しかし画業で生きていくというのは、今も昔も大変そうだ。2022/09/18
koke
17
国立近代美術館で劉生・麗子の展示を見たので復習。劉生にとって画家の責務とは、土に代表されるそのままでは不快な自然という素材を、美術作品に変えてこの世界を飾ることだった。ただし劉生の目指す美はふつう美と言われないような「現実以上の感じ」、つまり不気味なもの。芥川龍之介が劉生に言及しているのも納得がいく。本書のおかげで《道路と土手と塀》を見ていていつも感じる変な迫力がどこからくるのか分かってきた。あれは自然を眺めて愛でるのではなく、コントロールしようとしている。2024/03/10
takakomama
9
「岸田劉生展」の復習。著作の引用が多く、各々の作品の解説は少なめ? 劉生の生涯や作風の変化が大まかにわかります。劉生と言えば、私は、まっさきに麗子象が思い浮かびます。肖像画は背景が落ち着いた色ですが、風景画は晴れた青空に明るさを感じます。2019/10/09
多喜夢
8
岸田劉生といえばゴッホとデューラーの影響を受けていると頭の中に刷り込まれていたが、実はそれだけではなく、非常に多くの画家たちの影響を受けいているのだと再認識させてくれた。東近美の麗子五歳之像をもう一度じっくり眺めに行こう。2025/01/06