出版社内容情報
第一線の研究者24名が執筆に参加。
東京湾の生物について「海域」「湾岸陸域」の二部構成で詳述する。
東京湾の生態系と環境の現状や海岸環境の修復について、また都市生態系と沿岸の問題、湾岸陸域の自然復元についても解説する。
【内容紹介】本書「東京湾シリーズ監修の序」より
東京湾は、古東京湾から現東京湾にかけて注目すべき位置にあり、地形、地質、気象、生物相、人々の生活、開発、環境問題などについて多くの研究が行われてきた。ことに近年は人間生活の影響によって、人工海岸が増大し、海に面した陸域の土地利用状況では市街地・工業地が増大した。房総半島南半部の湾岸都市の過去10年間の土地利用の変化は、もっとも激しい市では50%であり、その約半分は都市化、後の半分はゴルフ場化によるものであった。
東京湾域でも東京は一番奥まったところにあるが、神奈川県、千葉県は南部を黒潮に洗われ、広義の黒潮文化圏に属するといえよう。富津岬を坂井にして、東京湾は内湾と外湾に分けられるが、関東大震災後洲が隆起して、第一海堡(明治時代に作られた人工島)との間に真っすぐな洲を作っていた。第一海堡や第二海堡は明治時代に東京湾要塞として構想されたが、第二次大戦後はその付近に米軍の敷設した機雷が1000個以上もあったという。
その後千葉県側の京葉工業地帯の埋め立てがすすみ、また湾の南岸のコンクリート防波堤やテトラポットの配置により、外湾と内湾の海流のバランスがくずれ、今日ではくねくねと曲がった洲により、第一海堡との連絡も切れてしまった。
この富津岬の北岸は内湾型の植生、南岸は外洋型の植生で、海流がもたらしたこの特色のある植生配置から早く県の天然記念物指定された。しかし人の住んでいない洲に砂防造林を拡大し、天然記念物の、全国でも珍しい植生は破壊された。一方、南房総国定公園という自然公園であるところに、後から都市公園の網をかぶせ、展望塔、舗装道路、プールなどで自然公園は名ばかりのものになってしまった。このようないろいろの形の自然破壊は一例にすぎないが、今後のために一言ふれておきたい。
東京湾をめぐる交通網としては、湾岸道路の他東京湾横断道などがすすめられ、それらに関連して、わずかに残された干潟、浅瀬が危機にさらされている。東京湾と陸域をあわせて、今後はどのように対処していくか、諸種の計画の見直しが必要であろう。とくに最近は阪神大震災のほか、関東地域でも地震が次々起こり、また、かつて計画された世界都市博覧会の中止、東京の生命線といわれる東京湾埋立て処分場、臨海副都心に森をつくろうという提案など多くの問題をかかえている。かつて東京の半分を埋立てたり、東京湾と太平洋を水路でつなぐ計画が提案されたことがあったが、このシリーズが、東京湾の今日の姿とかかえている問題点を検討する上での大きなより所として役立つことを期待したい。
【内容紹介】本書「東京湾の生物誌をまとめるに当って」より
東京湾岸では自然海岸が年々減少し、コンクリートの岸壁やテトラポッドに囲まれ、埋立てによって干潟や浅瀬がなくなり、リゾート法にそった開発が行われてきた。海辺近くの平面には巨大なリゾートマンションがたてられ、景観は台なしになってきた。マリーナというのも同様だし、わずかに人工渚や人工海浜で、飼育された貝や植えられた陸域の松林だけというのも情けない。われわれにとっては幸いなことに、バブルの崩壊によって開発がスローダウンしたが、一方、四輪駆動車が浜辺の自然をふみあらしている。
1992年の国連環境開発会議では海洋のことはあまりふれられていないが、気候変動枠組条約や生物多様性条約は当然海にも深い関係がある。昨年有志によって東京湾学会が結成されたが、こうしたNGOの活動にも大いに期待したい。
【内容紹介】本書「あとがきにかえて」より
東京湾の海洋生物研究を仕事とする関係で、私自身は東京湾の環境問題は湾の水域とそこに注ぐ陸水の問題として認識していた。しかし、本書の第2部でみられるように、東京湾と関係をもって生活している生物は湾岸の陸域にも広くおよび、生物の生活の場としての東京湾を認識するには沿岸陸域、つまり湾岸地帯の地形ならびに生物構造にもっと関心を持つべきであった。その湾岸地帯は人間の手により徹底的に改造しつくされ、その改造の延長として埋め立てにみられる水域の陸域化という東京湾の構造的変化のなかでは、海洋や海岸生物の生息環境に対して、あるいは陸水と海水との一体的な関係に対する配慮は大きく欠落していた。いわば生態系としての価値、あるいはランドスケープの視点が見捨てられていたところに、今日の東京湾の環境問題の根元があった。
東京を中心とする首都圏は、数千年以上の人間の歴史的過程において、食料生産、漁業技術、景観、信仰など東京湾の地形や生態系との関係をもつなかで進展してきた。現代の東京湾環境改変はその関係を断ち切る形で進んでいる。そこには、人間本来の生活のありかたと、今の社会が歴史的にみればほんの瞬間の経過点であるととらえる視点がないように思う。人間生活をはじめとする首都圏の都市機能が東京湾の存在とそこで営まれる生物生活との関係のなかで維持されることが、将来の住民に引き継ぐに値する都市環境づくりに必要であろう。生物からみた東京湾の持つ特性の再認識に本書が貢献できることを願っている。
【主要目次】
▲▲第一部・海域の生物
▲第1章・東京湾の生態系と環境の現状(海底地形環境/海水環境/有機汚濁と貧酸素化)
▲第2章・プランクトン(植物プランクトン相とその変化/赤潮/植物プランクトンの現存量と季節変化/動物プランクトンとその変遷)
▲第3章・底生動物(干潟と浅瀬の生物/前置斜面の生物/護岸の生物/平場の生物)
▲第4章・魚類(魚類相研究の歴史/魚類の分布構造/魚類の生活史とhabitat/地形変化と魚類)
▲第5章・水産生物(漁獲物から見た生き物の変化/水産生物の分布・移動と環境/豊かな海を取り戻すために)
▲第6章・海藻と海草(海藻/海藻養殖/付着性珪藻類/アマモ類)
▲第7章・帰化動物(帰化動物/在来種との関係)
▲第8章・海岸環境の修復(行徳野鳥保護区/葛西人工渚/稲毛・幕張人工海浜/谷津干潟/金沢人工海浜)
▲▲第二部・湾岸陸域の生物
▲第1章・都市生態系と沿岸の問題(都市生態系研究の方法論をふり返って/海岸、沿岸、湾岸、臨海都市/湾岸都市生態系とその管理)
▲第2章・湾岸のフロラと植生(海岸と沿海のフロラと植生/湾岸のフロラ・植生史/湾岸のフロラと植生の現状/植生/沿海の植生/海岸のフロラ・植生の保護)
▲第3章・植物群落(埋立地の植物群落/富津洲の植物群落)
▲第4章・コケ植物(都市化とコケ植物フロラ/湾岸陸域のコケ群落/環境汚染とコケ)
▲第5章・動物相(小櫃川河口付近の動物相/埋立地の動物相)
▲第6章・鳥類相(鳥類の生息地としての東京湾の干潟/湾奥部の鳥類相/湾岸に飛来する鳥類)
▲第7章・鳥類にみられる汀線を境にした変化(汀線をはさんで/汀線が消える/壁越しの新しい二つの環境の出現/埋立完了と時間の経過/埋立地のゆくえ/湾岸都市環境下における鳥類のゆくえ)
▲第8章・海岸性昆虫(海岸性昆虫の定義と生息型/海岸性昆虫の生息域の状況/海岸性昆虫の分布/黒潮の影響/水際のゴミムシ類)
▲第9章・腐肉小動物(裸地や草原の埋立地/埋立地につくられた造成林)
▲第10章・土壌動物(湾岸陸域の土壌動物/埋立地の土壌動物)
▲第11章・空中微生物(小さな生き物の知られざる世界/自然環境の空中微生物/都市化・工業化による空中微生物の変化/湾岸地域での調査/空中微生物から見た大気の健康診断)
▲第12章・陸域の自然復元(都市再開発地の自然環境の再現/埋立地の自然環境の創出/農村地域の自然環境の保全・修復)
目次
第1部 海域の生物(東京湾の生態系と環境の現状;プランクトン;底生動物;魚類;水産生物;海藻と海草;帰化動物;海岸環境の修復)
第2部 湾岸陸域の生物(都市生態系と沿岸の問題;湾岸のフロラと植生;植物群落;コケ植物;動物相;鳥類相;鳥類にみられる汀線を境にした変化;海岸性昆虫;腐肉小動物;土壌動物;空中微生物;陸域の自然復元)