内容説明
千年以上にわたって人々の道しるべとなった禅語。その禅語を、求道一筋に生きてきた円覚寺派管長と圓融寺住職が面白く読み解いた。
目次
第1章 煩悩の中に悟りがある
第2章 自分とは何か
第3章 生きるも死ぬも精一杯
第4章 ただの人になる
著者等紹介
横田南嶺[ヨコタナンレイ]
昭和39年和歌山県生まれ。62年筑波大学卒業。在学中に出家得度し、卒業と同時に京都建仁寺僧堂で修行。平成3年円覚寺僧堂で修行。11年円覚寺僧堂師家。22年臨済宗円覚寺派管長に就任。29年12月花園大学総長に就任
阿純章[オカジュンショウ]
昭和44年東京都生まれ。平成4年早稲田大学卒業。15年同大学大学院文学研究科東洋哲学専攻博士課程退学。大学院在学中、北京大学に中国政府奨学金留学生として留学。帰国後、早稲田大学、専修大学等で非常勤講師を務める。現在は天台宗圓融寺住職、円融寺幼稚園園長(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
※書籍に掲載されている著者及び編者、訳者、監修者、イラストレーターなどの紹介情報です。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
55くまごろう
1
臨済宗と天台宗のお坊さんの対談。禅というのは不思議なもので、何となくわかった気になる一瞬があるが、次の時点ではやはりわかっていないと感じてしまう。あまり理解しようとか追い求め過ぎることは禅的でないようなので、このくらいの感覚でよしとしておこう。しょせん本来無一物。2019/08/10
衣谷 章三
0
得れば得るほど、無くなっていく そしてそこから、また新たな一歩を踏み出して行く 奪い尽くし、否定し尽くした後に、本当の自己が残る 囚われた自分に気づくきっかけとなりました。2022/04/09
startvalue
0
★★★★★2019/04/23
-
- 和書
- 式の計算 モノグラフ