出版社内容情報
キリスト教ではイエスの伝記を最重要視するのに、なぜ日本の仏教ではブッダの伝記が読まれないのか。ブッダがどのようにして悟りに至ったのかを身体を通して深く読む。筆者畢生の仏道修行と研究の精華!
●概要
キリスト教には「霊操」という、体操で身体を鍛えるように霊性を鍛えることを目的とする修業法がある( イグナチオ・デ・ロヨラ『霊操』岩波書店、教文館など)。イエスの生涯を、祈り、黙想、観想、口祷、念祷などを通して、自分の心身をかけて読み取る修業法である。本書は、ロヨラの「霊操」のごとく、ブッダが成道に至るまでのプロセスを、ブッダになりきって身読することを目標としている。(筆者)
●構成
第一章 「仏伝」と「身読」をめぐって
第二章 「誕生」の身読
第三章 「四門出遊 出家の決意」の身読
第四章 「修行 禅定と苦行」の身読
第五章 「目覚め 樹下の打坐」の身読
第六章 「梵天勧請」の身読
【目次】
第一章 「仏伝」と「身読」をめぐって
アメリカの中高生に、どう仏教を伝えるか
仏教徒にとって開祖の生涯は重要ではない?
言葉に拠る上座部仏教から生きざまに拠る大乗仏教へ
「これからの仏教」のために開祖の生涯を追体験する
歴史的事実を集めるだけでは仏教を理解できない
物語だからこそ仏伝は真実を伝える
聖書や仏伝は現代人の理性だけでは解読できない
失われつつある宗教的生命を身読で甦らせる
仏伝を身読するというワーク
神秘体験の道筋をプログラム化した『霊操』
身読で玄義へ向かって肉薄していく
禅問答の公案の輪の中へ
傍観者ではなく当事者になる
身読を通して見るメイキング・オブ・仏教
第二章 「誕生」の身読
ブッダの誕生譚を沈思黙考する
思いがけなく起こる四つのドゥッカ
誰もが免れることができない生の不条理性
そうでなくてもよかったのに、たまたまそうなっている
不条理性をそのまま引き受けて生きていく
科学的な事実として誕生を体得する
転輪聖王になるか、ブッダになるか
所有の次元で生きるか、存在の次元で生きるか
beingの場を確保することの重要性
havingの路線に向かわせる社会のプレッシャー
出家を防ぐべく用意された快適な生育環境
第三章 「四門出遊 出家の決意」の身読
所有の次元を揺るがす老・病・死
ゴーダマ・ブッダはなぜ大きな衝撃を受けたのか
まどろみ合う世界でどう目覚めて生きていくか
老・病・死は存在の次元からのメッセージ
遊行者が置かれた四番目の門に何を置くか
門の内側にいる限り、存在の次元は探究できない
出家とは本当の家へ向かって歩み出すことでもある
実体論と関係論
人工空間の問題を、その外にある存在の次元から見直す
第四章 「修行 禅定と苦行」の身読
シッダッタはなぜ城を去り、首都へ向かったのか
無所有処定と非想非非想処定
競争主義的なメンタリティへの疑問
テクニックや方法に頼ることの限界
瞑想の師のもとを離れ、苦行林へ
禅定でも苦行でも解決しなかった実存的問題
パラダイムシフトを呼び起こした行き詰まり
坐禅は瞑想や苦行ではない
閉じた意識に風穴を開けるアプローチ
第五章 「目覚め 樹下の打坐」の身読
悟りの前に起こった修行態度のラディカルな変化
自分を閉じた「修行」から、開いた〈修行〉へ
パラダイムシフトが引き起こした悪魔の登場
枝末煩悩と根本煩悩
煩悩の神話的表現としての悪魔の誘惑
悪魔の出現を目の当たりにする
〈修行〉は終わりなく続く
悪魔と対話する力量を育てる
仏道修行者が目指すべき学行円満
手放して受け取るということ
第六章 「梵天勧請」の身読
目



