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知日家イギリス人将校シリル・ワイルド―泰緬鉄道建設・東京裁判に携わった捕虜の記録

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  • サイズ B6判/ページ数 320p/高さ 20cm
  • 商品コード 9784750314501
  • NDC分類 289.3
  • Cコード C0022

出版社内容情報

戦前日本で働き,アジア太平洋戦争中のシンガポールで日本の捕虜になった,シリル・ワイルドは過酷な捕虜生活の中で仲間の捕虜を助けるために精力的に活動する。戦後捕虜生活から解放されたワイルドは捕虜虐待をした日本人戦犯を鋭く告発する。

序 文 マウントバッテン・オブ・ビルマ
第1章 幼少期(一九〇八―一九三〇年)
第2章 日本勤務(一九三一―一九四〇年)
第3章 マラヤとシンガポール
第4章 戦争捕虜
第5章 日本の降伏
第6章 リマウ
第7章 ヤマシタ
第8章 戦争犯罪1
第9章 戦争犯罪2

目次

幼少期(一九〇八‐一九三〇年)
日本勤務(一九三一‐一九四〇年)
マラヤとシンガポール
戦争捕虜
日本の降伏
リマウ
ヤマシタ
戦争犯罪
補遺(勲章;賛辞;ユニオンジャック)

著者等紹介

ブラッドリー,ジェイムズ[ブラッドリー,ジェイムズ][Bradley,James]
1911年チェシャイア生まれ、オウンドル(パブリックスクールの一、ケンブリッジ市から55キロほど西北のオウンドルにある)を経てケンブリッジ大学のクライスト・カレッジ(同大学に31あるカレッジの一)で学業を終えた。戦争がはじまったときはテリトリアルズ部隊の射撃兵であったが、間もなく工兵隊に配属換えとなる。シンガポール陥落で捕虜となり、泰緬鉄道からの脱走者としてはただ二人の生存者となった。日本軍によるかれへの扱いは、東京戦争裁判でも証言された。戦後、妻のリンゼイおよび子供たちとノース・ウェールズからサセックスに移り、農園と果樹園にいそしんだ。しかしリンゼイは1969年に他界。ジムは再婚し、ウィンチェスターで妻のリンディと隠居生活を楽しみ、息子のティモシ、娘のサラも同居している

小野木祥之[オノギヨシユキ]
1940年岐阜県に生まれる。1958年ゼネラル石油入社。1999年同社退社
※書籍に掲載されている著者及び編者、訳者、監修者、イラストレーターなどの紹介情報です。