ネルと子供たちにキスを―日本の捕虜収容所から

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  • サイズ B6判/ページ数 202p/高さ 20cm
  • 商品コード 9784622033868
  • NDC分類 949.36
  • Cコード C0098

出版社内容情報

日蘭修好400年の年に初めて明かされる、オランダ人捕虜が家族にあてて戦争中に記した感動の手記。
第二次世界大戦中、釜石の日本軍捕虜収容所にはオランダ、イギリス、アメリカ人の捕虜が収容され、鉱山や病院で強制労働に従事させられていた。当時、オランダ領東インド(現在のインドネシア)に住んでいたオランダ人教師が、釜石での捕虜生活下で、妻ネルと子供たちにあてて書いた日記。この日記は、戦争の貴重な資料でもあるが、それ以上に人間の尊厳とは何かを考えさせずにはおかない、感動の手記である。時代を超え読まれて欲しい一冊である。

内容説明

「僕はいま釜石にいる」。第二次大戦中、この町の収容所で書かれたオランダ人捕虜の日記。家族と再会の日は来るのか?人間の尊厳と感動と和解のメッセージ。

目次

ネルと子供たちにキスを―日本の捕虜収容所から(ジャワでの捕虜生活―1942;輸送船で日本へ―1942;日本での捕虜生活―1942‐43 ほか)
ネルからウィムへ―遺書
ウィム・リンダイヤ氏へ―遺書の口述筆記者スローテマーカ・デ・ブルイネ嬢の手紙

著者等紹介

リンダイヤ,エヴェルト・ウィレム[Lindeijer,Evert Willem]
オランダのロッテルダム市に生まれる。1935年ライデン大学で博士号取得、同年、オランダ領東インド(当時)へ渡り、バンドンのキリスト教系高等学校の理科の教師となる。太平洋戦争の勃発、日本軍による同地の占領にともない、衛生兵として徴集されていたところを捕虜となり、当時6歳の長男をかしらに4人の子供と妻を残して、’43年10月初頭、1200人の連合軍捕虜とともに日本本土へ海上輸送される。釜石の日鉄工業(当時)の鉄鉱山などで強制労働に従事させられ、同地で終戦を迎える。’46年7月オランダに帰国し、高校教師、半官半民の研究機関に勤める。デルフト市にて没
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感想・レビュー

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おかむら

31
戦争中に日本軍の捕虜になったオランダ人の手記。当時オランダ領ジャワ(インドネシア)で高校教師をしていたウィムは連合国側の衛生兵となったが日本軍の侵攻により降伏。日本の釜石の捕虜収容所に連れてこられ終戦まで3年間強制労働させられました。ジャワの民間人収容所にいる妻と子供に宛てた手紙という体裁でノートに書かれた日記。最近映画「戦メリ」と「太陽の帝国」を見て日本軍の捕虜収容所のことに興味がわいたので読んでみた。こういう日本が加害者側の史実は日本では埋もれがちなので邦訳があり読めてよかった。図書館閉架本。2015/09/27

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