平凡社新書
忘れられた俳人 河東碧梧桐

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  • サイズ 新書判/ページ数 222p/高さ 18cm
  • 商品コード 9784582856491
  • NDC分類 911.36
  • Cコード C0292

内容説明

虚子と並び近代俳句を拓いた二大俳人、碧梧桐。子規亡き後、俳句革新を推し進めるべく一念発起、ひとり全国行脚「三千里」の旅に発つ。その歩きっぷりに惚れ込んだ詩人が歴史に埋もれた巨人の足跡を丹念に辿り直し、独自の語り口で現代によみがえらせる。

目次

第1章 子規の導き
第2章 「真に天下の大恨事」―子規逝く
第3章 歩く人・碧梧桐―『三千里』周遊
第4章 新傾向の命運―『続三千里』周遊
第5章 自由律への第一歩
第6章 昭和、晩年、独楽

著者等紹介

正津勉[ショウズベン]
1945年福井県生まれ。同志社大学文学部卒業。72年、詩集『惨事』(国文社)でデビュー。81年、ミシガン州オークランド大学客員詩人。詩集、小説、エッセイなど幅広い分野で執筆を行う(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー

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かふ

11
これも半分ぐらいの読書。碧梧桐は子規の弟子であり虚子と並び称されたが、「忘れられた俳人」なのか、図書館にも本がないのである。なんだこの差別的待遇は。それは碧梧桐は旅人であり漂白の詩人だからなのかと思った。その脈は芭蕉譲りなのだ。その流れから自由律の山頭火に受け継がれていく。虚子は定住の俳人であり、子規は病床につくようになってから虚子の俳句に肩入れしたのではないか?とにかく健脚で山人かと思う。「一息に三里はきたりせみのこえ」。2023/04/12

えも

3
高校の国語便覧で読んだのみ。「赤い椿白い椿と落ちにけり」「曳かれる牛が辻でずっと見回した秋空だ」の鮮やかな世界と、既成概念を次々に壊していく変わり者の印象だけが残っていた。今回読んでみると、日本中歩いてるし、若い世代も追いつけないほど前衛的だし、まことにカッコいいオッサンだった。2013/02/19

rbyawa

2
j069、経歴はまあ読み取れないでもなかったものの二度めの新聞社解散という話の時に一度めの新聞社解散が記憶に残ってなかったので…ちょっと把握しやすい内容とは言いがたかったかな…。個人的にはわからないなんて甘えだ!! 的な説教の連発ではなく解説を…。碧梧桐さんの発言すらなに言ってるのかさっぱりわからないと豪語する前に俳壇のことを調べたほうがいいかなとも…調べてわからないことはあっても一切調べないのはさすがに…。まあ虚子さんが平行して存在していた前半はわかりやすかったです、読むのにインスピレーションいるね…。2019/06/16

愛と光の使徒

0
子規関連第4冊。 虚子と並んで子規の一番弟子の座を争った碧梧桐。副題のとおり正に忘れられただが、この書は評伝というには不十分で、読んでも欲求不満が残る内容。 子規が存命していた時代の代表作で映像が鮮やかに浮かぶ「赤い椿白い椿と落ちにけり」から自由律俳句「老妻若やぐと見るゆふべの金婚式(こと)に話題(かた)りつぐ」に至るまで、なぜそうなったのか200ページ余りの新書では語りつくせなかったよう。死後に盟友虚子が詠んだ「たとふれば独楽のはぢける如くなり」にわずかに救われる思いがする。2012/10/12

ぽん

0
個人的には、あんまりぐっと来る句がなかったなぁ。というより、俳句だけの句集で味わったほうが良いのかもしれん。あんまり人間としての碧梧桐に思い入れできなかった/正岡子規、高浜虚子、そして河東碧梧桐と、同時代の松山同郷ってすごいな2021/05/15

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