目次
忘れられた日本人より
いそしむ人々より
海をひらいた人びとより
すばらしい食べ方
私のふるさと
御一新のあとさき抄
愛情は子供と共により
著者等紹介
宮本常一[ミヤモトツネイチ]
1907‐1981。山口県大島生まれ。働きながら師範学校を卒業、小学校の教師になる。上京して渋沢敬三の主宰するアチック・ミューゼアム(日本常民文化研究所の前身)に入る。以後、農山漁村、僻地、離島をくまなく歩き、庶民の生活誌に重点をおいた、独自の方法による宮本民俗学を生みだした(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー
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優希
50
生々しさを感じました。民俗学の一環として民族と関わることあれど、ここでは生活に入り込み、本音を引き出しているように思えました。2022/03/30
ころこ
42
文学として読む。前半に『忘れられた日本人』があり、後半につれて宮本の郷里の様子やプライベートが書かれている。『私のふるさと』を読んで気付くのは、頭に入ってこない風景描写よりも人物描写の面白さに惹き込まれることだ。しかも客観的に自然やコミュニティの様子を語るよりも、宮本を前にした影響が描かれる。初日にご飯とおかずの御馳走が出てきたが、普段と同じものが食べたいと言ったら、次の日からご飯とおかずが分かれていないものが出てきて、そこで普段の食生活が分かる。他方で宮本との関係がこうさせたというのが分かるのも面白い。2024/11/10
三平
15
宮本常一の著作は読むたびに、一般に知られているものとは異なる日本人の暮らしについて教えてくれる。冷蔵庫のない時代に凍てつく山の上で高野豆腐を作っていた人々、船を家にして暮らし、東は能登、北は朝鮮半島まで漁場を季節ごとに一家で移動した鐘ガ崎の人々、絶品の蘇鉄味噌漬けの豚肉等々。だが初めて聞くそれらの話はどこか懐かしく温かい。きっと時代や場所は違っても懸命によりよい生活のために苦心し、家族がお互いに思いやり生きていたことを著者が地元の人の心に寄り添い、語っているからだろう。2015/07/05
真琴
13
村で取り決めを行う際、皆が納得するまで何日でも話し合う「寄り合い」は、時間に追われ声の大きなものの意見に押される現在とを対比せずにはいられない。そして「土佐源氏」(『忘れられた日本人』)は名作だと思う。2026/02/11
Nonberg
7
収録の「私のふるさと」を楽しく読みました。瀬戸内海にうかぶ山口県周防大島 -- 宮本が 生まれ育った頃の 海辺 干潟 森といった風景と自然の恵みのなかで ほそぼそと暮らす人々の姿が 思い出として しずかに語られます。Google Mapでいまの島の情景を鳥瞰すると 干潟は干上がり 海岸には幹線道路 波消しブロックが並走します。宮本は強くは批判を口にしませんが 人造の防波堤が海岸線をこわし、貨幣が暮らしを変えていることを指摘します。島に生きたふたりの老人の挿話からは 小さな存在にして気高い尊厳が伝わります。2023/06/03




