出版社内容情報
この本は、さみしいを考える本だ。さみしいとは何なのだろう。さみしいことは悪いことなのだろうか。きっといいさみしさがあるのではないだろうか。どうしたらわるいさみしさから離れることができるのだろうか。
私たちが生きているあいだ「さみしさ」から離れることはない。きっと、さみしいことは、そんなに悪いことではない。それに向き合うことができさえするならば。さみしさは、それにただ圧倒されるだけではなく、それをじっくりと味わうこともできるはずだ。
その味わい方の可能性を、いろいろなさみしいものごとを見つめて、触ってみて、嗅いだり味わったりして、探求してみたい。
さみしさといっしょにいるために、何ができるだろう。
(「はじめに」より)
【目次】
序章 さみしいという存在のモード
存在のモード/ふだんづかいの「さみしさ」から/共有できなさ
第1章 清潔で明るい場所――ヘミングウェイとパスタ
リミナルスペース――誰かが来るかもしれない空間――/不確定さがもたらすざわめき/さみしさの無機質さ/「優しい味」とは?
第2章 マッチングアプリと愛せなさ――迂遠さと置き配
愛はすべてさみしい?/私たちは「べき」ですれ違う/愛の市場化/迂遠な愛と置き配
第3章 旅すること、住まうこと――スプートニクとキャラヴァン
旅の意味/可能性と不可能性/開いて閉じる
第4章 インターネットサーフィン――掲示板と知らないファイル
知らない街をサーフする/観光的精神分析
第5章 雨のモイスチャー――冷えと湿り気
雨的気分/湿り気と熱/雨の認識論
第6章 宇宙のイマージュ――流星と液体
天文学的崇高/宇宙になる
第7章 夏のサウンドスケープ――蝉と花火
蝉とミューズ/夕焼けの放送/花火と真夏のピーク
第8章 魚たちのまなざし――水族館とジオラマ
魚と目が合わない/水族館とガラス
第9章 ぬいぐるみの身体論――モノとイキモノ
ぬいぐるみの間柄/人形の二重性/さみしさと笑い
第10章 機械のウェルビーイング――ミサイルとサイボーグ
人間がいなくなった後の世界/ミサイルのウェルビーイング
第11章 さよならの認識論――幸福と再会
さよならのエピステモロジー/もういない人を愛せる?/再会の難しさについて
第12章 悲しき玩具――コウメ太夫と私たち
人間の素材化/素材の条件
おわりに
あとがき
参考文献
内容説明
深夜のファミレスの明かり、夕焼けに響くチャイム、横たわるぬいぐるみ―新世代の美学者が〈存在のモード〉から哲学する。気分はどのように世界をつくるのか。なぜ私たちはさみしさを感じるのか。誰もがさみしいと感じるものから、よく考えるとさみしいものまで、その感性をたどる。
目次
さみしいという存在のモード
清潔で明るい場所―ヘミングウェイとパスタ
マッチングアプリと愛せなさ―迂遠さと置き配
旅すること、住まうこと―スプートニクとキャラヴァン
インターネットサーフィン―掲示板と知らないファイル
雨のモイスチャー―冷えと湿り気
宇宙のイマージュ―流星と液体
夏のサウンドスケープ―&#34796
と花火
魚たちのまなざし―水族館とジオラマ
ぬいぐるみの身体論―モノとイキモノ
機械のウェルビーイング―ミサイルとサイボーグ
さよならの認識論―幸福と再会
悲しき玩具―コウメ太夫と私たち
著者等紹介
難波優輝[ナンバユウキ]
1994年生まれ。美学者。修士(文学、神戸大学)。立命館大学衣笠総合研究機構客員研究員、慶應義塾大学サイエンスフィクション研究開発・実装センター訪問研究員。専門は分析美学とポピュラーカルチャーの哲学(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
※書籍に掲載されている著者及び編者、訳者、監修者、イラストレーターなどの紹介情報です。




