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内容説明
2016年に逝去した名匠、最後の短篇集。妻の死を受け入れられない男と未亡人暮らしを楽しもうとする女、それぞれの人生が交錯する「ミセス・クラスソープ」、一人の男を愛した幼馴染の女二人が再会する「カフェ・ダライアで」、ストーカー話が被害者と加害者の立場から巧みに描かれる「世間話」、記憶障害をもった絵画修復士が町をさまよい一人の娼婦と出会って生まれる奇跡「ジョットの天使たち」など、ストーリーテリングの妙味と人間観察の精細さが頂点に達した全10篇収録。
著者等紹介
トレヴァー,ウィリアム[トレヴァー,ウィリアム] [Trevor,William]
1928年、アイルランドのコーク州生まれ。トリニティ・カレッジ・ダブリンを卒業後、教師、彫刻家、コピーライターなどを経て、60年代より本格的な作家活動に入る。65年、長篇小説第2作『同窓』がホーソンデン賞を受賞、以後すぐれた長篇・短篇を次々に発表し、数多くの賞を受賞している(ホイットブレッド賞は3回)。2016年逝去
栩木伸明[トチギノブアキ]
1958年東京生まれ。上智大学大学院文学研究科英米文学専攻博士課程単位取得退学。現在、早稲田大学教授。専攻はアイルランド文学・文化。著書に『アイルランドモノ語り』(みすず書房、読売文学賞受賞)など(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
※書籍に掲載されている著者及び編者、訳者、監修者、イラストレーターなどの紹介情報です。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
ちゃちゃ
119
トレヴァー最後の短編集。その完成度の高さにため息が出る。どの短編も、深い洞察力に裏打ちされた、繊細で陰翳に富む描写が心の琴線に触れる。愛さずにはいられないからこそ傷つき、ままならぬ生を生きる痛みを隠し持つ人たち。悔恨、自責、失意、孤独、嫉妬…、心に刺さる小さな棘のような哀切は、洋の東西を超えて普遍性を持つからこそ、深く読む者の心を打つのだ。読者におもねらない抑制的な筆致は、読む者の想像力に働きかけ、短編とはいえ、奥行きのある世界を豊かに広げる。金箔押しの装丁さながら、静かな輝きを放つ上質な短編集だ。2021/05/02
ずっきん
89
十編の物語は魅力を振りまき、待ち受けている。だが、読む場所や時間を選び、整え「さあ」と本を開く。味わい尽くしたいから。削りに削った一行の奥の豊潤さ。余韻は読み終えてなお厚さを増していく。ああ、これがトレヴァーか。素晴らしかった。アンソロジーで二編ほど読んだだけだったが、まさに『印象派』といった感じで強烈に残っていた。孤独や愚かさを否定せず、個の物語を文章の向こう側で深く拡げてみせる。口当たりはあくまで優しく、気づけば次の一行を激しく請う自分がいる。甘言を囁く詐欺師のようだ。何度でも言う。素晴らしかった。2021/02/03
ヘラジカ
85
美しい表現の数々に恍惚となる読書だった。読み終えては溜息の繰り返し。どの短篇も創作物とは思えないほど精緻を極めた逸品で、こうした完成度の小説を死ぬ間際まで紡いでいた作家がいたなんて信じられない思いだ。まさしく短篇文学の精華である。毎年のように予想として名前が挙がっていたノーベル賞や、四度も候補になっていたブッカー賞など、最後まで世俗的な名誉とは縁が薄かったのはこの大作家に似合っているようにも思う。「カフェ・ダライアで」「ジョットの天使たち」「冬の牧歌」がお気に入り。画像では地味に見えるけれど装丁も綺麗。2020/08/09
kaoru
81
トレヴァーの最後の作品集である事が寂しい。ずんと響く言葉がすべての短篇に収められ、これが人間を見つめ続けて来た人の達した境地なのかと思う。様々な人生を描いた彼は「結局、人間とは不可思議なものだ」と思ったのではないか。予期せざる出会いや別れ、期待、愛や嫉妬、失望が描かれるが、時に何かをつかみ損ねたような感覚に囚われるし神秘主義の香りすら漂うことも。『冬の牧歌』『女たち』に特に惹かれた。「彼への愛は彼女の影の中にあって…愛はいつまでも枯れず、ゆっくり死んでいく愛や平凡な愛などはない」。訳者後書きも素晴らしい。2020/12/07
mii22.
72
至福の読書時間を味わえた。魂が静に揺さぶられ、流れる時間に身をゆだねればいつしか心豊かになり満足感を得られる。そんな読書。トレヴァー最後の短篇集は傷ついた人々の心に優しく寄り添う著書の眼差しが感じられる。一篇一篇、細やかに心の揺らぎやざわめきを美しい文章で紡ぎ読者の心をつかむ。ひとつとして同じ人生などなく、遠い異国の別の時代の人々のお話であっても、静な共感を得られ物語の人物に深く心を寄せられる。ほろ苦いが味わい深いトレヴァーの短篇に生きることへの覚悟と赦しと折り合いを教えられる。素晴らしかった。2020/09/11