出版社内容情報
人工生命体の「妖精」が使役される二〇〇一年の米国。その存在に不満を持つ聖書原理主義者による、妖精排斥運動の裏に潜む謀略とは? 遺伝子工学の発達を軸に世界の矛盾と暴力を抉る連作五篇。
内容説明
“妖精”と呼ばれる人工生命体が労働現場で使役されている2001年の米国。妖精を憎悪する聖書原理主義者のケイシーはある日、変種の狐を連れた少女と出会う…。ケイシーたちの妖精排斥運動の裏に潜む遠大な謀略が緩やかに世界を変え、22世紀には亜人と呼ばれるようになった妖精たちが奴隷として労働し殺し合っていた。その代償に人類は“絶対平和”を確立したのだ。その後やがて訪れる人類繁栄の翳りまでを追う連作集。妖精使役の浸透の時代を描く表題作、SFマガジン読者賞受賞の陰謀譚「はじまりと終わりの世界樹」、亜人による娯楽としての代理戦争が過熱する「The Show Must Go On!」など、欲望の科学が倫理を崩壊させる歴史改変世界全5篇。
著者等紹介
仁木稔[ニキミノル]
1973年長野県生まれ。龍谷大学大学院文学研究科修士課程修了。専攻は東洋史学。2004年、『グアルディア』で作家デビュー(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー
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泰然
33
偽の現代史風に描かれる人類と合衆国が得た人工生命創造による「絶対平和」の到来と滅びの影。人間の陰鬱な暴力性、電子空間でのラディカルな言論、聖書原理主義と科学倫理、ポップカルチャーと衆愚社会などの悪夢なまでの短編集がこの世界の写し鏡のように描かれる。コンラッドの『闇の奥』を彷彿とさせる文明主義の侵略性批判と、ネット空間のアイコンである日本サブカルを下敷きにした現代文学性が融合し、人類の邪悪さが使役する妖精と亜人の悲劇はサイバーパンク版『地獄の黙示録』としてネオリベラルの果てにある世界の終焉を鋭く警鐘する。2024/01/02
アーチャー
23
面白く感じたところもありましたが、それ以上に 残酷な(そらもトラウマ級)の描写が多くて、怖いもの見たさな感じで読みました。他にもシリーズ作はあるようですが、良くも悪くも本書を読んだ印象を薄くしてから臨みたいと思います。2017/02/19
あなほりふくろう
20
キリスト教原理主義、アブグレイブ、インテリジェントデザイン、メディアによる反知性……某国でずんずん進行している病理を匂わせつつ、SFガジェットとしての亜人の扱い方、それによって提示される近未来の有り様を非常に興味深く読んだ。隷属、差蔑、暴力、代理戦争。そこはもうディストピアであり、しかしフィクションだと嗤える要素は何処にもないほど現在もすでに病んでいる。2014/08/12
kinnov
19
ヒストリアシリーズに繋がる「絶対平和」時代を舞台にした前日譚。三編の長編からなるシリーズと共通の暴力、免疫=自己と他者の境界、性が直接的な言葉で語られていく。人の根幹にあるものを隠すことなく取り出す言葉たちは、カオスの荒々しさをそのまま体現するかのように享楽的で凶暴で禍々しい。平和を希求する人間は、同時に底のない欲望の塊で、建前や理想を装い成立する社会は、暴虐な人間の性を消失させることはできない。絶望的なはずなのに、それこそが希望に覚えてくるこの不思議な感触が、この作品の一番の魅力だ。2017/03/28
更紗姫
18
<絶対平和の完成>って自家撞着してると気づいた時、ああ この社会の崩壊するさまを見せてくれるんだと思い、何とか読み通す事ができた。誰にとっての「平和」で、どんな状態が「完成」なのか、きっと私も深く考える事なく迎合しちゃう大衆の一人。文中のさまざまな描写に眉を顰めながらも、最後に「かれ」が大暴れした時、敵討ちを果たしたかのようなカタルシスを感じた自分にたじろぐ。誤魔化すな、直視しなければ、私の中の残酷を。2015/04/05