出版社内容情報
岩盤最高温度165℃。そこは人が手を出してよい場所だったのか……。黒部第三発電所建設を背景に極限で生きる人間を描いた傑作。
黒部第三発電所――昭和11年8月着工、昭和15年11月完工。人間の侵入を拒み続けた嶮岨な峡谷の、岩盤最高温度165度という高熱地帯に、隧道(トンネル)を掘鑿する難工事であった。犠牲者は300余名を数えた。トンネル貫通への情熱にとり憑かれた男たちの執念と、予測もつかぬ大自然の猛威とが対決する異様な時空を、綿密な取材と調査で再現して、極限状況における人間の姿を描破した記録文学。
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感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
ヴェネツィア
653
小説なのだが、実態は限りなくノン・フィクションに近いものだと思われる。ここで取り上げられているのは昭和11年8月半ばに着工し、昭和15年11月21日に完工した黒部第3発電所建設工事である。300人を越える殉職者を出したとんでもない難工事である。とりわけタイトルにも選ばれた「高熱」すなわち、地熱と温泉水の噴出で坑道内は時に200℃にも達する高温の中での作業であったようだ。物語中での視点人物はキャリア組の藤平に置かれ、彼ら工事遂行者たちの苦悩が描かれるが、その背後には現場で命を落とした、もしくは常に命の危険⇒2021/01/12
ミカママ
505
【読メ・ダム部】これだけの大事業が昭和の初期に完成したという偉業、それを見てきたかのように記す筆致。構想から完成まで10年かかったという、吉川さんの執念を感じる1冊。主人公は、設計を司る技師たちと計画を遂行する人足たち。我が息子も電力屋の端くれなので、技師の心情にははなんとなく寄り添えるのだが、現場で人足たちを突き動かす凄まじい原動力はなんだったんだろう。彼らによって今日の日本は造られたのだ。そして現代においても、例えばフクシマの原発の後始末などにおいて、同じような構造があるような気がしてならない。2018/11/10
青乃108号
291
黒部渓谷の荒ぶる大自然の猛威に、恐怖に怯えながらも立ち向かって行った男達の物語。軌道トンネルと水路トンネルの掘削に伴い発生する、摂氏160度という想像しがたい岩盤温度。絶えず放水で体を冷やしながらも20分しか掘削出来ない劣悪な作業環境。高温によるダイナマイトの誤爆で四散する人夫の肉体。その肉片をただひとり、抱くようにしてかき集める技師の姿。トンネルの開通、工事の完了にも感動はない。300名を越える犠牲者を出し、人間は大自然の前にはただ無力であった。読後大自然への畏れというものが静かに俺を満たすのを感じた。2021/09/29
みも
248
岩盤温度160度。放出される冷却水を全身で浴び腰まで浸りながら、濛々と湯気が立ち上る薄暗い坑道を皮膚を爛れさせ掘り進む。高熱に起因するダイナマイトの自然爆発や、ホウ雪崩の未曽有の大惨事等により、全工区300名以上の犠牲者を出して尚、強硬に推し進められた国家事業。昭和11~15年…戦争という巨大な怪物が蠢いた時代。人々は感情を抑圧し命の安売りをする。ただ著者は誰の側にも与せず、硬質な文体で冷酷なまでに事象のみを淡々と記す。それ故の圧倒的臨場感と客観性。図らずも僕の内奥からは命の尊厳と反戦の思いが沸き上がる。2020/10/22
やすらぎ
243
立ち入るべきでない大雪の渓谷で越冬し、高熱断層の中心部へ突き進む。熱湯が降り注ぐ隧道、岩壁を崩すダイナマイトの自然発火に恐れおののく。そして起こってしまう数々の事故。それは避けられなかった。技術者と人夫、各々の苦悩も描く。現代ではあり得ない戦前の事情があり、多数の犠牲者が出ても止めることはできなかった。強大な力を持つ大自然に立ち向かった先人がいたからこそ、黒四ダムにつながり、雄大な黒部に立ち入ることが許されている。吉村昭の筆力は兎に角凄まじい。時代経過順に、黒部の山賊、高熱隧道、黒部の太陽と読み進めます。2025/08/24