講談社学術文庫<br> 潜伏キリシタン―江戸時代の禁教政策と民衆

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講談社学術文庫
潜伏キリシタン―江戸時代の禁教政策と民衆

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  • サイズ 文庫判/ページ数 264p/高さ 15cm
  • 商品コード 9784065150306
  • NDC分類 198.221
  • Cコード C0121

出版社内容情報

長崎と天草に残る関連遺産が世界遺産に認定され、文化・観光の両面から注目を浴びている「潜伏キリシタン」の実像を探る。
幕藩体制下の禁教政策により、厳しく弾圧されてきたキリスト教徒=キリシタンは、江戸幕府が倒れ、明治新政府下では信仰の自由が認められ、解放された――。こうした一般的な理解は、歴史の真実といえるだろうか。そもそも、「キリシタン」とは何なのか。従来のような「ひとつの村が、近世初期から明治まで、ひたすら信仰を守り続けた隠れキリシタン」といった平板な理解に再考を促す。
例えば、非キリシタンであったにもかかわらず、領主の苛政への反発から一揆を起こした民衆を「切支丹」として弾圧した事例や、一方で、藩内のキリシタンの存在を隠すために、問題行動を起こさないキリシタン百姓を藩が黙認していた事例、また、キリスト教とはかけ離れた民間信仰でありながら「切支丹」とされた事例などを取り上げる。これらの事例を見ていくと、西欧語の訳語である「宗教」の名で人々の信仰が管理・統制されるようになった近代が、近世よりも解放されているとはいいきれないという。
「キリシタン」をめぐる宗教政策の変化と実態を丹念に探り、近世における宗教観、歴史と宗教のかかわりに新しい視野を提供する。〔原本:2014年、講談社選書メチエ刊〕

内容説明

江戸幕府に弾圧されたキリシタンは、明治政府によって解放された―。この「常識」は、歴史の真実ではない。領主の苛政に対する一揆や、浄土真宗の異端的集団が「切支丹」として弾圧される一方、秩序維持のために穏健なキリシタン百姓を許容する村もあった。世界遺産・大浦天主堂での「信徒発見の奇跡」は何を物語るのか。歴史と宗教への新視角。

目次

序章 キリシタンを見る視座
第1章 「伴天連門徒」から「切支丹」へ
第2章 「異宗」「異法」「切支丹」
第3章 島原天草一揆と「切支丹」の記憶
第4章 異端的宗教活動から「切支丹」への転回
第5章 信仰共同体と生活共同体
第6章 重層する属性と秩序意識
終章 宗教は解放されたか?

著者等紹介

大橋幸泰[オオハシユキヒロ]
1964年、新潟県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業、同大学院文学研究科史学(日本史)専攻博士後期課程満期退学。武蔵高等学校・中学校教諭を経て、早稲田大学教育・総合科学学術院教授。博士(文学)。専門は日本近世史(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー

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かおりんご

28
とても学術的だったので、端折って読んだ部分もあるけれど、総じて勉強になりました。潜伏キリシタン探しに、そんなに躍起になっていなかった時期があったなんて知りませんでした。確かに、狩りまくっていたら、農民がいなくなってしまって、納税されなくなるものね。だったら、異宗として穏便に対処した方がいいわけで。なるほどと考えさせられました。2019/06/06

かんがく

14
江戸時代にキリスト教が禁止されたことは有名であるが、本作では「切支丹」として弾圧された人々が、キリスト教徒のみでなく、仏教などの異端も含まれたことを指摘。近世期の宗教と民衆統制について新たな像が形成されていて面白い。2019/12/20

しゅん

11
江戸期のキリシタン禁制時代には明治以降の世界よりも信仰の自由があったのではないか?という問い。信者には「キリシタン」以外にも(他の人々と同じように)「村人」「農民」「漁民」といった属性があり、そうしたいくつかの所属の中で信仰が曖昧に守られてきた可能性を指摘する。2020/08/15

moonanddai

8
サブタイトルにあるように「禁教政策」と、そこで取締りの対象となった民衆の宗教活動といった内容と言えるのでしょう。「潜伏キリシタン」がどのような信仰を行っていたかというより、どのように潜伏し得たか、に論点の中心があります。潜伏キリシタンは村落共同体の中での共生を選んだがゆえに(キリシタンとは見られても)処罰の対象とはならず、共同体の支障となる「異教・異宗」(真宗や日蓮宗のある一派など)は取締られる。ただ共同体に埋もれる道を選んだことに信仰上の高い・低いはないことに留意しなければならないのでしょう。(続)2020/05/22

nkmr

6
禁教から何十年が経つと、切支丹に関わること自体を皆が恐れすぎて、このままでは何が切支丹で何が切支丹で無いかすらわからなくなりますよ、と荻生徂徠が徳川吉宗に直言している。 ”伴天連の妖術じゃ”って言葉の響きがなんか面白くて好きだったが、どうしてそんなイメージになってったかが理解できた。江戸時代なんて、切支丹の疑いかかる→即踏み絵→即磔というイメージだったが、地域によっては緩やかに切支丹と非切支丹が同じ村で共存していたところもあった、といった辺りも面白かった。2023/04/15

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