内容説明
座談会「近代の超克」は、昭和17年、各界知識人による“協力会議”を標榜して開かれた。“伝説的に有名”なこの会議は、不毛な体制讃美に終わったのか、それとも日本思想の極北たり得たか?著者は、西欧哲学の超克を志向した西田哲学本来の構えに立ち返り、高山・三木ら京都学派の「世界史の哲学」の役割と限界を剔括する。
目次
第1章 『文学界』誌上座談会にふれて
第2章 高坂正顕氏の所論を読み返す
第3章 『世界史の哲学』と大戦の合理化
第4章 戦時下「日本思想」批判の一里程
第5章 国家総動員体制と歴史の狡智
第6章 三木清の「時務の論理」と隘路
第7章 民族主義的「自己偽瞞」の絶唱
第8章 絶望の余焔と浪曼主義的自照
第9章 京都学派と世界史的統一理念
第10章 哲理と現実態との媒介の蹉跌
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ドワンゴの提供する「読書メーター」によるものです。
ゆう
13
戦前の思想史の一端を学びたくて読み始めたが、現在においてアクチュアリティあり過ぎる問題を扱っている本だった。2024/08/18
ちょんす
6
当時の日本人には「米国を盟主とする西洋と東亜の盟主たる日本との決戦」という意識があり、そこに「日本の使命」を見出していた。アメリカに完全に依存して来た戦後の日本人には、このような意識は想像すら難しく、ただ昔の日本人は馬鹿だったよねで済ましかねない。しかし日本人が本当に自分の頭で考えようとした時、日本の国家目標をどのように描くのか、日本の平和を維持するにはどうすればよいのか、経済格差の問題や個人の孤立の問題はどうするのか、世界のどこにも答えのない問題に直面することになる。当時の課題は、何も解決されていない。2025/12/06
本命@ふまにたす
4
戦時期の日本における知識人のあり方について、ひとつの著名な座談会を核に論じる。廣松の著作の中では、だいぶ具体的な論述で文章自体も読みやすいのではないかと感じられた。昭和期日本の思想史を考える上で有益な部分多数。2023/02/05
Z
4
現代読む意義を見いだせない。というのが率直な感想。近代の超克、関係者の思想レベルが低く、廣松自体も『ドイツイデオロギー』から物象化論、実体より関係重視とりだしただけでイギリス亡命までのマルクスは所詮哲学青年レベルの思想家。あくまで『資本論』書いたことによってマルクスはマルクスたりえており、哲学ではなく資本主義というのが人間の環境として強固な体型制をもって存在していること、その原理を透轍した眼差しで見つめた思想をとりだし、一応民間人が犠牲になってる以上、アジアに対しては帝国主義的侵略戦争であり帝国主義論から2016/04/12
amanon
4
非常に濃い内容で読み応えがあった。解説にもあるように、著者が戦前の日本史や文学界、哲学界に通暁しているのに驚かされる。それにしても、本書を読んでいると、近代を超えると言いながら、結局近代を超えることができないでいるのは、戦後七十年近く経った今でも実はさして変わらないのではないか?という気がしてくる。高邁な思想を掲げ、何とか戦争を忌避しようという思いを抱きながらも、結局戦争に賛同する側に回らざるを得なくなった幾多のインテリ達…右傾化が指摘され、段々ときな臭くなってきた昨今にあってこそ読み返されるべき一冊。2014/04/30




