内容説明
島原の乱で原城に籠もったのは数万、生き残ったのはただ一人、村々は一空に帰した―。
目次
松倉重政
サン・フェリペ号の失言
沖田畷の合戦
北有馬
口之津の蜂起
原城へ
加津佐コレジヨ
天草諸島
木山弾正
延慶寺の梅
富岡城趾へ
海上の城
上田宜珍
大江天主堂〔ほか〕
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
さつき
74
全体を通して島原の乱に関する記述が多く、そこに至るまでの農民の困窮の凄まじさには呆然としました。島原素麺が乱後に小豆島から入植した人々から始まったとは知りませんでした。一般家庭で司馬さんが煮麺をすする場面は何だかシュール。天草にはフェリーで渡りますが、やっぱり島は良いです。多島海の風景に憧れます。小西行長と加藤清正の因縁が天草にもあったとは知りませんでした。また行ってみたい場所が増えました。2019/02/14
万葉語り
55
長崎、熊本旅行に持参した。島原の乱は切支丹の反乱ではなく、圧政に対する農民一揆だった。島原は長崎で、天草は熊本だけど文化的には漁業県長崎に属する。ローマには今も殉教と認められていない人たちの、棄てられた信仰にすがる気持ちが痛かった。今度行くときはもっとゆっくり色々見たいと思った。【司馬遼太郎の8月】@真夏の街道をゆく2019参加中。2019-1072019/08/11
Tadashi_N
41
島原の乱は、キリスト教徒の蜂起というより圧政に立ち向かう市民運動だった。2018/03/27
ぐっち
34
帰省(島原)からの熊本旅行、ガイドブックを探していて偶然見つけて、お供に選んだのがこの本。前半の島原編は、おそらく自分がまだ実家にいたころの島原の様子で懐かしい。ついつい一揆側に肩入れして読んでしまい、松倉め…という気持ちになります。天草は、ずっと対岸に見て育ったにも関わらず、ほぼ行ったことがなく、表紙の崎津教会にも今回初めて行きました。島原出身というと「隠れキリシタンなの?」とよく聞かれましたが、隠れキリシタンの人って会ったことがなく、むしろ島原には少ないと書いてあってなるほどと思いました。2017/08/20
AICHAN
31
図書館本。島原ノ乱はキリシタン一揆とばかりは言えないと聞いたことがある。餓死を目前にした農民たちの絶望的な反抗だったとは…。島原の松倉家初代は幕府への点数稼ぎと自分の英雄妄想のため、無用の城を築きルソンに攻め込むことを企み、銃砲器、船舶を大量に用意し、二代目は奢侈にふけり、どちらも領民から搾りに搾り、搾れないとなると悪鬼の如く領民を殺した。キリシタン弾圧もムゴかったがそれがなくても領民は蜂起しただろう。初代はどこかの総理大臣に似ている。幼児的で英雄妄想が強く闇の右翼に誉められたくて軍事増強を強行した。2016/05/29