侍従長の遺言―昭和天皇との50年

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侍従長の遺言―昭和天皇との50年

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  • サイズ B6判/ページ数 222p/高さ 20cm
  • 商品コード 9784022570574
  • NDC分類 288.41
  • Cコード C0021

内容説明

ヒトラー台頭下のドイツに留学した青春時代、天皇の身辺に仕えて迎えた太平洋戦争、そして戦後処理。激動の時代を天皇と生きた「昭和史の証人」が語る52年。

目次

若き日々
軍紀
太平洋戦争開戦
敗色
御告文
御前会議
八月十五日
敗戦直後
マッカーサー司令部
新憲法
退位問題
退位せず
靖国神社
良子皇后
昭和の思い出
最後のご奉仕

感想・レビュー

※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。

sasha

7
同じ侍従長でも昭和天皇の代弁者的な存在だった入江相政氏とは対照的に、寡黙との印象が強い徳川義寛氏が語った宮中の昭和史の一端。かなり抑制が効いた語り口だが、昭和天皇の近くに仕え、お気持ちも感じ取っていただろう人だけに貴重な証言が多い。日本国憲法で何故「天皇」は「象徴」と表現されるようになったか、昭和天皇とマッカーサー元帥との会談の内容をマスコミに漏らしたとして職を辞することになった通訳の方だが実は白洲次郎が原因だったとか。最低だな白洲次郎。徳川氏の話はもっと読みたかったな。『徳川義寛終戦日記』を入手するか。2018/04/18

こまったまこ

3
昭和天皇に52年間側近として使えた徳川義寛侍従長からの聞き書きと解説。写真を見る限り厳格で寡黙な印象。侍従の語る昭和の動乱で裏話が面白い。終戦時は39歳で宮城事件の時、叛乱軍の兵に殴られたことで有名。入江氏の著作では「斬るなら斬れ」と書いてあるがそんなこと言ったら本当に切られかねない。実際は「斬っても何にもならんぞ」と言い返した。憲法については当初天皇は「君臨する」となるはずだったのに誤訳のような経緯で「象徴」になった。皇居移転や天皇退位は側近の間では全く問題にされていなかった。などなど興味深い内容。2016/05/13

果てなき冒険たまこ

1
昭和天皇をもっと知ろう第二弾。 2.26事件の直後から昭和が終わるまで侍従として天皇に仕えた徳川元侍従長から聞き書きしたのをまとめたて解説をつけたもの。出版されたころに話題になったのをかすかに覚えていたので読んでみた。当然のことながら側近として近くにいるからって全てを知っているわけでもないし歴史の証言の一部を構成しているだけなんだけど戦前は神様だった天皇の素顔が垣間見えたりして案外楽しい。ただいまだに解決しないけど靖国合祀ってのは戦争を肯定するようで嫌だねぇ。2024/09/07

ゆうゆう

1
8月15日のあたりは興味深かった。日本の一番長い日(で合っているのかな)に記述にも触れ時差があるようだが、かなり混乱した日であったことは間違いないだろう。昭和の帝にお仕えした侍従長の話をもう少し残すことができれば…いや、語ることも好まなかっただろう。きっと。貴重な話だ。2015/12/20

フンフン

1
玉音放送の録音盤を金庫にしまって、終戦反乱の兵士に殴りつけられても、ありかを白状しなかった徳川侍従からの聞き書き。憲法改正について昭和天皇がマッカーサーに感謝したのは、昭和21年5月の第2回会見のときだったことなどいくつかの秘話あり。2013/09/29

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