出版社内容情報
1580年、地元ボルドーで『エセー』初版を出したモンテーニュは、末弟らとともに長旅に出た。スイス、ドイツ、オーストリアを経由して、ヴェネツィア、フィレンツェ、そして念願のローマへ。温泉での湯治、宿屋や食事の様子、名所の風景、土地の風俗など、持ち前の観察眼で綴られた稀有の旅行記。(全二冊)
【目次】
凡 例
地 図
貨幣換算表
第一部
Ⅰ ボーモンからプロンビエールへ
Ⅱ プロンビエールからバーデンへ
Ⅲ バーデンからアウクスブルクへ
Ⅳ アウクスブルクからヴェネツィアへ
Ⅴ ヴェネツィアからフィレンツェへ
Ⅵ フィレンツェからローマへ
Ⅶ ローマ滞在(一)
第二部
Ⅷ ローマ滞在(二)
訳 注
旅の日程表
内容説明
一五八〇年、地元ボルドーで『エセー』初版を出したモンテーニュは旅に出た。スイス、ドイツ、オーストリアを経由して、ヴェネツィア、フィレンツェ、そして念願のローマへ。温泉での湯治、宿屋や食事の様子、名所の風景など、持ち前の観察眼で綴られた旅行記。(全二冊)
目次
第一部(ボーモンからプロンビエールへ;プロンビエールからバーデンへ;バーデンからアウクスブルクへ;アウクスブルクからヴェネツィアへ;ヴェネツィアからフィレンツェへ;フィレンツェからローマへ;ローマ滞在(一))
第二部(ローマ滞在(二))
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ドワンゴの提供する「読書メーター」によるものです。
藤月はな(灯れ松明の火)
48
この本を見つけた時、モンテーニュの手による旅行日記かと思い込んでいました。ところがローマに入る迄は秘書が書いていた事が判明。書き手の思考が反映されるのか、結構、卑俗的なんですが、却ってとっつきやすいです。特に女性への見方がやや下世話なのはこの秘書の好みが如実に反映されています。腎臓結石に苦しめられていたモンテーニュは身体にいい温泉があると聞くとそこに行きたがったそう。その為、この旅行記は温泉巡り記とも言えるでしょう。それにしてもモンテーニュの暈した言い訳が意味深。一体、この秘書は何者なんでしょう?2026/05/02
うた
11
モンテーニュ旅日記と題してあるが、上巻は彼の秘書が各地の風物、食事、モンテーニュの行動をまとめたものです。前半はほぼ温泉地巡り。ドイツの新教徒とも質問したり議論したりと、なんとも開けっぴろげなモンテーニュらしい行動が読み取れる。当時は羽根布団がめずらしかったらしく、藁や葉っぱを詰めたものだったらしい。2026/02/24
tokumei17794691
3
プロンビエール、バーゼルなどヨーロッパの湯治場、宿、食事の模様が詳しく書かれているのが面白い。旅行史ずきからすると当たり。ただ、上巻が先行発売されたために、下巻の解説が読めない。そのため、本巻の9割方は著者モンテーニュでなく、その秘書が書いているとのことだが、その理由や、モンテーニュとその著書『エセー』がよく分からないのがストレス。上下巻同時発売にすべきだった。2026/03/15
中村禎史
2
モンテーニュ他数人の旅行記で、上巻は1580年9月パリ北方からフランス西部からバーゼル、ボーデン湖、アウクスブルク、ミュンヒェン、ブレンナー峠、トレント、ヴェネツィア、フィレンツェ経由でローマに至る(1581年4月)。下巻ではローマからフランスへ帰国。 気づき事項多過ぎる故大半割愛。・フランス、スイス、ドイツ、イタリアの違い。①宗派:宗教改革後間もない時期。宗派の混在状況、宗派対立状況、アウクスブルクでは異宗派婚が普通に行われていること等。イタリアではカトリックのみ。②各国の宿泊設備の特徴や優劣。2026/05/01




