内容説明
昭和三十年代とは、どのような時代だったのだろう。明るく輝き、誰もが希望に胸をふくらませていた時代だったのだろうか。貧乏くさくて、可憐で、恨みがましい―そんな複雑でおもしろい当時の実相を、回顧とは異なる、具体的な作品と事象の読み解きを通して浮き彫りにする。歴史はどのようにつくられ、伝えられてゆくのか。歴史的誤解と時代の誤読を批判的に検討する。
目次
第1講 昭和三十年代的「物語」と「歴史」―『ALWAYS三丁目の夕日』など
第2講 「謀略」の時代―松本清張的世界観
第3講 理解されなかった「社会派」―三島由紀夫のこころみ
第4講 「バカンス・アンニュイ・小麦色」―ヨーロッパの影
第5講 日本はほんとうに「アジア」か―昭和三十年代的アジア観
第6講 「世界復帰」への願い―昭和三十九年、東京五輪
著者等紹介
関川夏央[セキカワナツオ]
作家。1949年、新潟県生まれ。上智大学外国語学部中退。『海峡を越えたホームラン―祖国という名の異文化』(双葉社、1984年)で第7回講談社ノンフィクション賞、『「坊っちゃん」の時代』(双葉社、1987‐97年)で第2回手塚治虫文化賞を受賞。2001年には、その「人間と時代を捉えた幅広い創作活動」により第4回司馬遼太郎賞を受賞した。『昭和が明るかった頃』(文藝春秋、2002年)で第19回講談社エッセイ賞を受賞(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ドワンゴの提供する「読書メーター」によるものです。
鉄之助
231
昭和30年代に出現したブームを、興味深く分析。「空前絶後の切手収集ブーム」は、南極観測船「宗谷」を「見学に来た」アデリーペンギンをモデルにした記念切手の発行(昭和32年)がきっかけだった、とは驚き。現代につながる、ロッテ・クールミントガムのイラストにペンギンが使用されているのは、「南極のペンギンを好ましい生き物として認識し、集団の記憶として定着した」結果だ、となんと味わい深いことか。 2021/03/14
kinkin
81
映画「パッチギ」や吉永小百合主演の「キューポラのある町」にエピソードとして出てくる北朝鮮帰還事業についても触れていた。この映画ではこの事業を肯定的に扱われていた。それから数年後から、帰還者の惨状が伝わり帰還者の数が大幅に減ったようだ。「3丁目の夕日」という映画では、明るい希望のある日本の様子が描かれているが、地方に行けばまだまだ高校進学者や少なく、集団就職者は多い時代。懐かしさだけではない、もっと暗い部分も多かったのも昭和30年代だと思った。昭和39年に小学校に入学したので30年代に物言いはイケナイな。2026/03/15
まーくん
78
昭和三十年代とはどんな時代だったか?岩波編集部の若手社員に行った解説をベースにしている(らしい)。ほぼ同世代の者として、懐かしくも、その多角的かつ詳細な読み解きに恐れ入り、改めてそんな背景があったのかと驚く。松本清張の謀略史観、清張を嫌った三島由紀夫の世界観。南極観測船「宗谷」の奮闘、堀江青年の密出国・太平洋横断。革新、進歩派、実態を知らない社会主義国の理想化。”勤労少女スター”吉永小百合等々。そうであったと頷くばかり。そして東京オリンピック。快晴の秋空に鳴り響いた、あの行進曲が今も頭の中に蘇る。2020/07/12
HH2020
7
◎ 昭和三十年代が特別よかったと言うつもりはないが、今の時代より好きだったなぁとは思う。著者は「貧乏くさくて、可憐で、恨みがましい、複雑でおもしろい時代」だったという。この時代に起きた出来事や文芸や演芸、世相などを通じてその意義を再検証したものである。堀江謙一の太平洋横断やサユリストや東京オリンピックなどなど、なつかしい話題にしばし浸った。本の構成としては少しわかりにくい。いきなり「第1講」ではなく前書きが欲しかった。書名の「演習」も何の意味やら。2020/07/31
s_n
5
再読。松本清張、日活、裕次郎、吉永小百合、三島由紀夫、サガン、高野悦子、東京五輪などなど。いかにして、団塊世代の精神を、昭和三十年代の文化が形成したのかについて。当時は「若さ」というものの速さや重みが今と違うのだと感じた。そして、良くも悪くも貧乏だったが、それだけ未来も明るく、明るい未来に向けて人間の感情や理屈が過剰だったように思った。2024/07/17




