演じられた近代―“国民”の身体とパフォーマンス

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  • サイズ B6判/ページ数 336p/高さ 20cm
  • 商品コード 9784000222709
  • NDC分類 770.4
  • Cコード C0074

目次

踊る身体、共同体の生成
1 演劇の「改良」(黙阿弥劇の音楽性、七五調の身体;「改良」の実相、写実と芸術をめぐって)
2 国民化する大衆(民権ナショナリズムと大衆のゆくえ;近代化される声と身体)
3 国民演劇の形成(国民主義の広がりと新演劇の台頭;国民演劇としての新派劇へ)
4 二つの近代(新劇運動の始発、理念とリアリズム;知識人と大衆、啓蒙のプロジェクト ほか)

著者等紹介

兵藤裕己[ヒョウドウヒロミ]
1950年生。京都大学文学部卒業。東京大学人文科学研究科博士課程修了。埼玉大学、成城大学を経て、学習院大学文学部教授。専攻は、日本中世文学・芸能論。狭義の文学研究にとどまらず、“言葉”と“身体”とが切り結ぶさまざまな事象を対象とする。斬新な視点と緻密な考証にもとづいたその研究の射程は、中世から近代まで幅広い。著書に『太平記“よみ”の可能性―歴史という物語』(講談社選書メチエ、1995年、サントリー学芸賞受賞)、『“声”の国民国家・日本』(NHKブックス、2000年、やまなし文学賞受賞)など
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感想・レビュー

※以下の感想・レビューは、株式会社ドワンゴの提供する「読書メーター」によるものです。

mstr_kk

9
ほぼ1か月ぶりの再読。やはり面白いのですが、今度はできるだけ批判的に読みました。まず、明治20年くらいに都市の大衆の入れ替えがあったはずだというのはそのとおりだろうと思うのですが、それ以前の都市大衆として、幕末のええじゃないかに参加した人々と、歌舞伎を観ていた人々を同質だとみなすには、「階層が同じだった」と証明する必要があったはず。また、兵藤さんは文学の言文一致をだいぶネガティヴなものとみなしていますが、その言文一致評価はかなり極端。そして、次がけっこう重要だと思うのですが、→コメントに続く2022/01/30

mstr_kk

8
明治以降の、歌舞伎→新派→新劇(→アングラ演劇)という流れが、とても明快に整理されています。しかも、その流れの中で人々の身体が均質化され、「国民」というイマジナリーな集合体が身体的に作られていくプロセスも論じられており、非常に面白い本です。そしてやはり、知識人と大衆問題はずっとあって、そこに正面からぶち当たった小山内薫は本当につらかっただろうなあ……。2021/12/31

あだこ

0
幕末から安保までの歌、声、そして身体はどのように表現されてきて、それは何を生み出してきたのか。演劇論に留まらない。2009/06/27

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