内容説明
分断が深まり、社会が内向きに閉じていく時代に
外部への風穴を穿つことはできるのか?
トランピズムが覆い尽くす現代世界の「根本的に不可能な生」を引き受けながら、
それでも他者と公平に関わり続ける倫理はいかにして可能か。
《アメリカ人類学の俊英が描く、来たるべき人類学の可能性》
*****
★【本書収録の解説を全文公開】詳しい内容は<a href=https://www.akishobo.com/akichi/tameshiyomi/v59 target=_blank>こちら</a>★
*****
【解説より】
「トランプ政権発足以降、物事を極端に単純化し、「味方」と「敵」を分けるような言説が広がる中で、パンディアンは自分自身が抱える矛盾を、痛切に自覚せざるを得なかった。
重要なのは、この矛盾の自覚が、彼の言う「批評」の出発点になることです。
制度の「外部」から「正しい立場」で断罪するのではなく、自分が制度の「内部」にいることを引き受けたまま、矛盾を見える形にして考え続ける。
パンディアンが目指すのは、そういう批評だと思います。」
*****
【目次】
序章 人類学者の中で、一人のエスノグラファーとして
第1章 手元の世界──科学と文学のあいだ
第2章 経験という方法──読む、書く、教える、フィールドワーク
第3章 まだ来ぬ人間性のために──政治、芸術、小説、エスノグラフィー
終章 批評家としての人類学者
謝辞
『人類学は何ができるのか』解説に代えて──訳者・奥野克巳に訊く
原注
*****
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ドワンゴの提供する「読書メーター」によるものです。
ひつまぶし
3
フィールドワーカーが何をしているかという話として読むと共感できるところや面白いところが多々あったが、結局は人類学の話なんだなと思った。人類学者が研究者として誠実であろうとすれば人類学のあるべき姿を模索するのが当然といえば当然だが、そういう書き方をされると人類学者でない者にはどうでもいいなという気になる。特に第3章はまったくついていけなかった。なぜ本書を訳したのか、最後に訳者による説明が対談形式で語られているが、やはり人類学者にとっての、門外漢にはよく分からないこだわりがありそうでよく分からなかった。2026/06/06
ぼくバジル
0
人類学はあらゆる境界を超える学問、あるいは境界を曖昧にする学問なのかもしれない。フィールドワークを通して知り得る知識は、研究対象を客体としながら、研究者の主体やその知識が成果に入り込んでくる。小説にもフィールドワークが必要であり、小説家と研究者、研究対象と研究者の境界も曖昧になる。言葉が物事の本質を捉えるとする呪術と言語で示す科学の概念も「程度のちがい」以上の差異はない。横断的とも言える。民族の優劣や人間上位の考え方はもはや古典。興味本位でのぞき見する学問?だった人類学の本質が分かったような気がした。2026/05/09




