内容説明
ローン地獄、児童虐待、性暴力、障害者差別、
看取り、親との葛藤…「大文字の困りごと」を
「自分事」として考えてみた。
「ここまで曝すか!」と連載時より大反響の明るい(?)社会派エッセイ
わたしたちが「生きる」ということは、「なにかの当事者となる」ことなのではないだろうか。…みんなが隣にいる誰かへの想像力をもつようになれば、まわりまわって思いもかけない方向から、誰かがわたしの小さな困りごとを助けてくれる気がする。そういうのってなんだか素敵で、とてもふくよかな社会に思えるのだ。――「まえがき」より。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ドワンゴの提供する「読書メーター」によるものです。
どんぐり
94
淀川キリスト教病院ホスピス緩和ケア病棟で、『人生最後のご馳走』をルポした青山ゆみこさん自身のさまざまな当事者体験。「クレジット地獄」「聴覚障害」「性暴力」「介護」「看取り」「おねしょ」「派遣労働者」など9章からなる。人は社会で生きていれば、だれもがちょっとした当事者だ。当事者には語るべきものがあり、その体験はその人自身のものであり、イタイ体験が含まれる。自分には体験し得ないもので、フムフムと共感するところが多い。そしてそれが非常に面白い。→2021/04/01
ネギっ子gen
89
【当事者っていったい「誰」なんだろう。当事者には、「なる」ものだろうか】ローン地獄、児童虐待、性暴力、障害者差別、看取り、親との葛藤などが綴られた社会派エッセイ。これまで「大文字の困りごと」を抱えてきたわけではない著者は、数年前に母が病気で逝き、脳梗塞の後遺症が残った高齢の要介護者でもある父と向き合ったとき、初めて自分が「介護問題」の当事者であることに気づく。<するとそれまでぼんやりと見聞きしていた介護にまつわるあれこれが、にわかに生々しく立ち上がって、自分事として切実に耳に届いてくるようになった>と。⇒2023/06/11
pohcho
65
さまざまな社会問題や生きづらさ、困り事についてご自身の体験を踏まえて綴られたエッセイ。隣にいる誰かへの想像力を持つことと困った時に助けてくれる制度や機関を知ることはどちらもとても大切だと思う。終末期鎮静について初めて知った。安楽死と自死幇助の違いも。障害者施設の事件は未だに忘れられないが、自分の中にも「排除」の気持ちは存在する。「自分がされて嫌なことは人にしない、言わない」ただそれだけの事なのだ。自分も変わりたいなと思う。装幀は名久井直子さん、イラスト細川貂々さん、校正牟田都子さんという贅沢な一冊。2020/12/08
honyomuhito
64
的確なタイトルであると思う。専門家でなく、第三者でもなく「ほんのちょっと当事者」。読んでいると少し不安になる。この微妙な不安感は著者自身がそれぞれの問題に片足もしくは両足を非常に無造作に突っ込んでいて、この人いつか足を取られて転ぶんではないかと感じるからだ。この本を読んでいると重たい課題たちがそれほど遠くにあることではないことに怖くなる。しかしこの危なっかしい人が何とか人生を渡っていく様子を読んでいると、人間は多少のことがあってもちゃんと生きていけるのだと安心できるような気もするのである。2021/09/06
Kei
62
保育園落ちた、日本死ね、のブログに代表されるように、自分もしくは家族、友人、職場、どこか心当たりのあるちょっとしたことにスポット。取るに足らないこと、深刻なこと。社会の一員として共有すべき当事者感です。私は、今、子供虐待や、障害者大量殺戮裁判のニュースを観られません。チャンネル変えちゃう。でも、ほんのちょっとの当事者になるかも?常に正視しないと、ですね。2020/03/07




