内容説明
未来論が流行している。背景には、危機と不確実性がある。一九七〇年代に流行した折には、資源危機と南北対立を受けていた。本書は、著者が二十五年にわたって「未来学」で発見した、さまざまな側面に光を当てる。
とりわけ、科学的な予測と根拠のない憶測の間に横たわる、未来をめぐって生じる葛藤に、フランクフルト学派の批判理論の観点から光を当てる。
未来は時間なのか場所なのか、あるいは、時間は円環なのか直線なのか。未来について人々が思考をめぐらせてきた三千年にわたる歴史は近代以降、マルサス的な終末論とテクノオプティミズムの両極端で宙ずりになっている。
こうした未来論の整理は、未来を論じる学問的素地がほとんどない日本ではより重要である。一九七〇年前後、小松左京、梅棹忠夫らが未来学の創設を目指し、機運が高まった時期もあったが、その後日の目を見ず、現在に至っている。
預言者からSFまで、ルネサンス・啓蒙思想からテクノトピアまで、人類が夢見た未来を概観するはじめての入門書。オックスフォード大学出版局の入門シリーズ(VSI)の待望の翻訳。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ドワンゴの提供する「読書メーター」によるものです。
1.3manen
46
O図書館。2017年初出。VUCAな時代(10頁)。変動性、不確実性、複雑性、曖昧性。Futureが最初に使われたのは14C。これから至る、の意(13頁)。司馬遷とキケロは、わずか数年違いの著作でありながら、循環的時間から直線的時間への世界観の転換の両面を表している(41―2頁)。52頁図4aのモンゴルフィエの気球はパリで最初の気球となったイラスト(52頁)。2025/07/22
sayan
17
2025年SNSとAIが感情をコード化し国家や企業ではなく一部の政治強者が未来を設計し実践する中、本書は「未来を誰が語り、語る事が許されるのか」と問う。ユー/ディス/プロトトピア的想像力は強者の言語に対抗するナラティブハックで周縁の多様なマイノリティの声をつなぎ直す装置となる。トフラーが「第三の波」で未来を制度的に予測する時、著者は未来の力を感性と教育に見出す。所与の物語ではなく自動生成された言葉でもなく個人が考え自分自身の言葉で未来を語る。その行為こそが、未来を所有から解放する非暴力の文化的実践と言う。2025/03/11
読書実践家
5
ジェニファー・ギドリーは世界未来学連盟の会長を務めた人物であり、教育学や心理学など学際的な分野で活躍する未来学者である。未来学という日本では馴染みが薄い学問も、海外では活発に研究がなされており、アグレッシブな勢いが見られるhttps://flagship.iium.edu.my/unesco/apfn9/。また、日本でも梅棹忠夫や小松左京といった人物によって1960年代に未来学が検討され、収束していったプロセスを知ることができる。2025/03/10
クルトゲーデル
3
正直イマイチ。最後の解説者・訳者のコメントにある通り、日本の未来学は凋落したとあるが、これではむべなるかな、という感じ。科学者が主導的に関わっていないのが原因と思う。この本のつまんないのも科学の話になってないからかと思う。 まず前半の歴史の話が長い。それから、ところどころ、未来の話ではなく「未来学」学」、つまり未来学という学問の話になっている。人文学系だとよくある現象。 学問のための学問という感じしかしない。期待していたものとはだいぶ違った。残念。2026/02/08
yo_c1973111
2
未来学というものが国外にはあるらしい。まずもってVery Short Introduction(VSI)表記を知らない。入門書表記ではダメなのだろうか?未来を考察する歴史が羅列的に紹介され(本書構成の殆ど)、後半では“持続可能性”、“多様性”など流行りコトバとしても古い提言が列ぶ。結局、未来学の魅力や価値は分からず仕舞いでした。2025/10/04




