内容説明
アスファルトの世界を離れ、わたしは秩父へ移り住むことにした――庭と植物、自然と文学が絡み合う土地で、真摯に生きるための「ことば」を探す。練達の仏文学者による清冽なエッセイ集。
* * *
秩父の自然を綴るなかに、深い霧のような知の涼気が渡る。清しく果敢な精神のかたち。
――小池昌代
風や水のゆらめきを気配で感じとる耳には、歴史の奥に消された声さえ聞こえる。
――くぼたのぞみ
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・窓から風に乗って流れ込んだ常山木の、爽やかで甘い濃厚な匂いに導かれて(「常山木」)。
・生命の表と裏を引き受ける誠実さの方へ(「巣箱の内外」)。
・経済活動からはこぼれ落ちる、豊かな交換の倫理(「ふきのとう」)。
・外来種という呼称がはらむ排外主義の芽と、植物がみせる「明日の風景」(「葛を探す」)。
・宮沢賢治が見上げた秩父の空(「野ばら、川岸、青空」)。
・鮮やかで深い青紫の花と、家の記憶について(「サルビア・ガラニチカ」)。
・切り捨てられた人間と動物がともにある世界へ(「車輪の下」)。
・都市優位の世界観を解きほぐす作家たち(「田園へ」)。
・見知らぬ女性からの言葉が届く場所で、わたしは届くはずのない文章を待っている(「消される声」)。
・空の無限、星の振動、微かに吹く風は、わたしたちに語りかける(「風の音」)。
……ほか珠玉のエッセイ、三十篇
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ドワンゴの提供する「読書メーター」によるものです。
アキ
94
秩父に住み、都心に通う生活を選択したフランス文学研究者で大学教授のエッセイ。何度も繰り返される「なぜ東京から秩父に引っ越したのか」という質問に、この本の文章を読めばわかると思う。エッセイの多くは本のこと、植物のこと、自然のことである。好きなものに囲まれて暮らすことの心地よさを感じさせるだけでなく、都会で常識とされていることへの違和感を指摘する。更に秩父という見知らぬ土地への興味から周辺に足を運び、意外な文学者の足跡とつながりを紹介している。本書で紹介される本の一覧が巻末にあり、興味深い。2025/02/20
紫羊
21
都会から地方に移り住んだフランス文学者のエッセイ。田舎に暮らしての驚きや喜びの記録にとどまらない、さらに深い著者の思いが感じられる。静かに何かに思いを馳せたくなるような読後感。素晴らしい書き手に巡り会えた。迷わず永久保存本棚に。2025/05/04
かもめ通信
21
国学院大学の教授でフランス文学者、マリー・ンディアイの小説などを翻訳でも知られる著者のエッセイ集。端正な文章と深い知識と洞察力が、読む者に心地よさだけでなく、様々な問題や自身のありかたを問いかけてくる。そんなつもりは全く無かったのに、またまた読みたい本をどっさり増やしてしまったことも嬉しい誤算だった。2025/02/17
きゅー
11
良い一冊だった。大学教員の著者が都心から秩父に移り住む。その地で生まれ育った者ではないからこそ、新鮮な眼差しで秩父の歴史を調べ、そこで育つ植物や鳥に親しむ。そして人びとにふれあい、秩父に関係ある文学者や文学作品を紐解く。しかし、彼女は地元に「溶け込んでいる」ことを否定する。溶け込むとはすべてが一体になることであり、そこにそれぞれに人間の個性が埋没してしまう。そうではなく、彼女はここで会う人それぞれと個別に関係を結んでおり、その総体としていまの生活があるという。2025/09/25
ぱせり
10
文章にも匂いがあると思う。この本はとてもいい匂い。開くたびに感じる文章の匂いに心地よく浸りながらの読書だった。住まいから庭へ、そして、周辺の地域や人びとのことなど、実際の出来事から思い起こすさまざまなことや疑問などは、嘗て読んだ本と繋がっていく。道草みたいに。2025/10/16
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