内容説明
「なぜ、朝敵と言われなければならないのか。我らに何の罪があるというのか」幕末、火中の栗を拾うようなものと言われながらも、京都守護職を拝命した会津藩主・松平容保の弟である桑名藩主の松平定敬は、京都所司代として、兄と共に徳川家のために尽くそうとする。しかし、十五代将軍・徳川慶喜は大政奉還後、戊辰戦争が起こると容保、定敬を連れて江戸へ戻り、ひたすら新政府に恭順。慶喜に裏切られる形となった定敬らは、恭順を認めてもらうには邪魔な存在として遠ざけられてしまう。一方、上方に近い桑名藩は藩主不在の中、新政府に恭順することを決める。藩主の座を追われた定敬は、わずかな家臣と共に江戸を離れることに……。朝敵とされ、帰るところも失い、越後、箱館、そして上海にまで流浪した男は、何を感じ、何を想っていたのか――。新田次郎文学賞&本屋が選ぶ時代小説大賞受賞作家が、哀しみを心に宿しつつ、転戦していく松平定敬の姿を感動的に描く歴史小説。
感想・レビュー
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いつでも母さん
172
はぁ、まさしく『流転』よくぞ生きて戻られた!って感じ。会津藩主・松平容保はドラマや小説等で記憶に残る人物だが、恥かしながら弟で桑名藩主・松平定敬の事はほとんど知らない。その松平定敬と桑名藩の存亡をかけた男たちのそれぞれの思惑が面白い。本作でも徳川慶喜は私の嫌いな人物として期待を裏切らない。家名とか正義とか逃げる事も許されない男の時代に翻弄される姿は悲哀そのもの。また支える国許の混乱ぶりが生々しく、恩とか志とか支える男たちの行き着く思いに天晴れとも思う。上海で定敬を見つけた寅吉の言葉がストレートに響いた。2022/02/25
trazom
90
主人公は桑名藩主・松平定敬。一会桑として将軍と朝廷を支えてきたのに、戊辰戦争によって一夜にして朝敵とされる。その後の定敬と桑名藩の苦悩を描くこの物語は、明治維新という歴史の裏側のドラマである。新政府軍に恭順して藩の安泰を図ろうとする家臣たちに対し、抗戦の機会を伺う定敬が、江戸→越後柏崎→会津→仙台→函館→上海と流転する様子は、史実に基づいた描写で、とても説得力がある。「余は義を以てここに至る。死すとも謝すつもりはない」とする定敬の信念を通して、戊辰戦争の理不尽さの中で翻弄される「正義」を考えさせられる。2021/08/17
のぶ
86
主人公の松平定敬(さだあき)は幕末の桑名藩主だった。自分もこの人物については全く知識がなかったが、この時代世間が混乱しているとはいえ、これほど数奇な人生を送った人物が存在したことに驚いた。大政奉還当初は、徳川家のために尽くそうとする。しかし、徳川慶喜は戊辰戦争が起こると新政府に恭順する。裏切られる形となった定敬は、朝敵とされ、帰るところも失い、越後、箱館、そして上海にまで流浪する事になる。本のタイトルからは意味が分からなかったが、読み進むにつれ定敬にわびしさと同情すら感じるようになった。2021/06/29
俊介
22
幕末の世で、京都所司代を務めたばかりに、薩長から恨みを買い「朝敵」とされた桑名藩藩主・松平定敬。徳川家に忠義を尽くす、武家として当然の職務を果たしただけなのだが、もはや世の中は変わってしまっていた…。さらには徳川からも見放され、流転の身に。それでも戦おうとする定敬。「時代に取り残されたお殿様」と断ずるには、あまりに時代の方が残酷だ。しかし過酷な流転生活を通じて定敬は、人として大切なある「気付き」を得る。それは、時代に流されなかったからこそなのではないだろうか。2021/10/10
なつきネコ
21
本当に戊辰戦争の中で流された。松平定敬は五稜郭までいって、上海まで逃げていたのはしぶとさを感じる。これが、生まれつきの大名とは思えない。これも新しい新政府と裏切った徳川慶喜への割り切れない思いがそこまでさせたのかもしれない。そんな定敬も胡弓を引き、英語を学ぶ定敬の素直な様が微笑ましい。それが彼の素の姿かもな。家臣達の家の存続を願う姿勢、誠実さ。主君と家臣の生き方というのが交互に見えるのはいいな。どちらも家族を思いながらも別の行動をとるのは考えさせられる。上海に逃げてやっと彼の意地が消えたのがよくわかる。2022/04/25