内容説明
「歴史家」はいかに生まれるのか?
本書は日本を代表する維新史家の来歴を辿りながら、この問いに答えようとするものである。
三谷博さんが大学に入ったのは、1968年。東大駒場の駒場寮では、内ゲバが繰り広げられていた。三谷青年は「キャンパスを飛び交っていた空虚な言葉、理想を口実に平気で暴力をふるう所業に心底痛めつけられていた」という。
三谷史学の核である革命を「暴力」から切り離す視角がいかに生み出されてきたのかを考える上で、これは貴重なエピソードである。
授業が再開された大学で、佐藤(誠三郎)ゼミに入ったことが日本史への道を開いた。『維新史再考』(NHK出版、2017年)に結実する研究人生はこうして始まったのである。
その間、日中韓の歴史認識問題が「歴史家」としての在り方を大きく問うことになる。東アジアの近代史をいかにして描くか? 『大人のための近現代史 一九世紀編』(東大出版会、2009年)を中心とした共同研究がマルクス主義史学とは全く違う「世界の中の明治維新」、そして「比較革命史」の地平を拓いた。
1968駒場から歴史認識論争を経て、比較革命史へと至る維新史家の遍歴を初めて明らかにした、闘う歴史家の肖像がここに。
感想・レビュー
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禿童子
34
勤王vs佐幕の構図と薩長等の尊王の志士の活躍といった明治維新に対する大河ドラマ的な既成概念に一石を投じる三谷史学のダイジェストという位置づけの本。尊王を旗印に開国に反対する勢力が、クーデターで権力を得ると積極開国して欧化路線に転じた理由など、説得力のある議論だと思います。外国勢力の圧力に対してどう応じるか様々なオプションが幕末に検討され用意されていた(特に橋本左内など)。復古をスローガンにした「革命」という評価(犠牲者3万人は異例に少ない)。複雑系の研究がどう生かされているのかは他著を読む必要がありそう。2020/07/12