内容説明
なんの変哲もないありふれた人生。独得の語り口で、あるがままに描き出し、したたかに生きる平凡な人々の日常に滲む哀しみを、鮮やかに浮彫りにする、富岡多惠子の傑作短篇集。川端康成文学賞受賞「立切れ」ほか、地方都市で妻と二人ひっそりと暮す退官した警視・松尾文平に纏る「薬のひき出し」、「名前」「ワンダーランド」「幼友達」「富士山の見える家」など12篇の傑作短篇を収録。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
パチーノ
8
12篇の短篇集。やはり巧いと思う。平凡な日々を過ごす男女、家族、友人、知人。日常生活の中に溶け込む冠婚葬祭という行事。『幸福』と私の好きな「立切れ」または「立切れ線香」と呼ばれる落語の噺をモチーフにした『立切れ』が特に好み。何篇かに出てくる死とはこんなものなのだろう。己の死が近付くことも友人の突発的な死も所詮は抗うことが出来ないもの。生きていく上では何も変わることはない。2016/03/17
しゅん
7
電車の中で、隣に乗っていても全くおかしくない。そんな人物たちばかりに焦点を絞った短編集。定年退職した岩手の警察官、文化崇拝の妻子から蔑まれる夫、成功者の男を心中で崇める不動産営業の背の低い中年男。大した能力もなく誰からも尊敬されない、かといって大きな失敗もしない人間の生活を想像することの面白さ。メディア環境によって「有名」の価値が上昇し続ける時代にあって、「名」に値しない人間の生活の虚無を寿ぐことの歓び。ひとつの日本論としての小説。2020/11/18
けろ
5
富岡多恵子は初めて読んだが冷静な人だと感じた。「名前」が大変興味深く、説経節「しんとくまる」「合邦 俊徳丸」のあらすじと、折口信夫『身毒丸』を青空文庫で読んで、より理解が深まった。2018/11/03
s_n
3
12の短編。ここには多彩な人間や家族の、殊更に幸せでも不幸でもない生活があるのだが、それが風景描写のように淡々と描かれている。あまりにも当たり前のように淡々と、適切に描かれていると、すごく不思議な味わいを持つのだと知った。2017/11/29
pndcca
1
「名前」「幸福」「娘」「魚の骨」「幼友達」が特に印象深い。人間や家庭の二面性について淡々と描写されている。だいたいの短編において、登場人物の抱え込む暗さが読者にほのめかされながらも、物語の中で登場人物が成長して解決だとか、分かりやすい締めが用意されず、尻切れとんぼに終わるのが、逆に重い。日常と地続きの地獄。 2023/02/20