内容説明
エスカレートする遊びの中で、少年と少女が禁じられた快楽に目覚めていく「少年」、女に馬鹿にされ、はずかしめられることに愉悦を感じる男を描く「幇間」、関東大震災時の横浜を舞台に、三人の男が一人のロシア人女に群がり、弄ばれ堕ちていく「一と房の髪」など、時代を超えてなお色鮮やかな、谷崎文学の真髄であるマゾヒズム小説の名作6篇。この世界を知ってしまったら、元の自分には戻れない。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
ヴェネツィア
296
比較的初期の短篇を6篇集めたもの。他の文庫なら、タイトルは普通に「少年・幇間」などとするところを、あえて『谷崎潤一郎マゾヒズム小説集』と銘打った。これで新たな読者を開拓しようとの目論見だろうが、『フェティシズム小説集』とともにまずは成功か。ただし、これだと例えば篇中の「少年」等をマゾヒズムの枠組みに固定してしまうことで、他の要素から遠ざけてしまうという欠点も併せ持つ。「少年」、「幇間」、「魔術師」などは耽美、幻惑、哀しみに満ちており、谷崎の筆法は冴えに冴えている。それぞれの短篇は長編に優に匹敵する密度だ。2014/03/20
ちなぽむ and ぽむの助 @ 休止中
172
あなたのこと可愛がってあげてもいいけど、条件があります。綺麗に着飾って美味しいご飯に連れて行ってくれるのもいいけど、踏んでいる姿を美しいと言って。乾涸びる私を骨まで愛して。 あなたの感化で何ものにもなれる私を悲しく置き去りにして、魔術師の美貌に仕えないで。でないとあなたを追ってファウンになって、永遠にふたりで醜く呪わしい姿でこの世をさすらいましょう。悲しい怪物にしないで。あなたの美しい女神でいさせて。優しく崇めて翻さないで。そうしたらこちらも、縛って貶めてあげないでもありません。2019/07/10
nobby
132
坊ちゃんでない幼き頃、男どおしで戯れたことなど無い。まして女の子も交えて泥を塗って踏んで犬になるなんて!?夜に響くピアノの音にはご用心…大人になった今でも太鼓持って迎合なんて面倒だし、もちろん聖人や美貌の誘惑に出逢う機会ないからね。いや、綺麗な女性にトキめいたとしても、豹の皮や金の草鞋になって敷かれたいとは思わない…あ、でも半羊神でないけど離れられぬほど絡まれて悦に浸るのはいいか (笑)どうせなら全て分かりつつ貢いで喜ぶ阿呆たれがいい!そんなマゾヒズム気質有っても無くても殺意に狂わず普通の愛を奏でるのさ♬2019/11/29
優希
72
変態の世界にようこそですね。女性に虐げて禁じられた快楽にめくるめく官能を感じずにはいられません。弄ばれて堕ちていく様子にめまいを覚えるほどでした。谷崎文学はマゾヒズムの色が濃いと言われていますが、この作品に収録されている6編は殊更マゾヒズムの世界にあふれていると思います。色鮮やかなエロス漂う官能と変態的でありながら美しい世界はまさに谷崎文学の真骨頂と言えるでしょう。この世界はどっぷりつかればつかるほど癖になりますね。谷崎文学のマゾヒズムの魅力にはまるともう普通の文学が薄く見えてしまいます。2014/08/02
めしいらず
69
人は己が美意識や官能的刺戟の虜囚。一方でどんなに高邁な精神を語ったとて、官能の前では従順になる。著者の明快なマゾヒズム論が見事な「日本に於けるクリップン事件」と「魔術師」の2作には、乱歩作品にも通底する不健康な美意識を感じた。個人的には「幇間」が印象深い。自ら道化を演じ続けた男の後ろ姿に滲む哀愁。周りの人は皆、彼を気の良いお調子者だと見下げている。実は彼に調子を合わされていることに誰も気付かない。彼は人の心の機微に敏い。彼は誰も傷つけない。その為に彼は、心に伝えられぬ愛を隠して、今日もおどけてみせる。2016/01/12