内容説明
障害をもつわが子と妻との日常、そして夥しい量の読書。少年の日の記憶、生の途上における人との出会い。「文章を書き、書きなおしつつ、かつて見たものをなぞる過程でしだいに独特なものを作ってゆく」という方法意識の作家「僕」が綴る、表題作等9篇の短篇小説。切迫した震える如き感動、特にユーモアと諧謔をたたえて還暦近づき深まる、大江健三郎の精神の多面的風景。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
夜間飛行
58
鳥の声が好きな障害者の息子、異国で見た楡の巨木…日々の営みの中から故郷の思い出が浮かびあがる。こういう大江の物語を読んでいると、ぽっかり空いた木の洞を覗いているような気がしてくる。「夢の師匠」では、故郷の少年が見た「核戦争後の地球脱出」という予知夢にまつわる台本が書かれ、「治療塔」でそれが物語になる。そうやって「語り」は一本のバトンを受け継ぐ「走り」とも感じられつつ、書く→読むという運動に読者を巻き込みながら、過去と未来を繋いでいく。突発的な性の営みと痛ましい死によって、物語は深い浄化をめざすのだろうか。2014/09/05
相生
18
9つの短編集。訪れるのが決して遠くない死を前に今までの人生の再検討と、それによって死を含めたこれからに対する鬱屈の解放を祈る9つだったように思う…若干読みにくさを感じて骨の折れる気もしたけれど、それは"どのように書くか"を書き悩んでいたからなのか、とにかく次作が『燃え上がる緑の木』であるのだから、レイトワークへの準備に思える。『ベラックヮの十年』が個人的に好み。人生が終わった後、人生と同じだけの時間人生を振り返るベラックヮ…それくらい複雑なのだから、必死に生きようと思えば生きられる、という気にさせられた…2016/09/11
モリータ
8
◆'88、'91-'92年発表の9作品。『キルプの軍団』のあと『治療塔』『治療塔惑星』をはさみ『燃えあがる緑の木』の前。最後の短編集。◆解説にもあるように、多くの作が「僕」の過去の記憶・経験を引き出し意味を与える物語となっている。◆①その過去が「僕」が谷間にいた頃の挿話であるものには「火をめぐらす鳥」「「涙を流す人」の楡」「夢の師匠」があり、②上京後のエピソードを語るものには「ベラックヮの十年」「僕が本当に若かった頃」、③それより以後・他作品で語られた経験を参照するものには「「宇宙大の「雨の木」」がある。2021/07/29
mstr_kk
7
いやはや、本当に、すばらしい短編集です。どれも(フィクショナルな)「私小説」なので、大江ファンでない人がいきなり読んでもよくわからなくてつまらないでしょうが、大江ファンにはたまりません。特に「火をめぐらす鳥」と、表題作と、「茱萸の木の教え・序」には、深みに引きずり込まれるような気分になります。「茱萸の木の教え・序」のタカチャンは、「四万年前のタチアオイ」からの再登場ですが、ああ、こんな人生もあるのか! と胸が苦しいです。けっして暗い気分だけではなく、明るさもあり、その明るさも切ないです。2025/01/08
井蛙
6
海外文学は自分の小説の中でも饒舌に、というよりそれを創作の源泉として自作の決定的なモチーフにまで拵えることの多い大江だが、一方で日本文学について語ることはほとんどない。その中で彼が折に触れて三島に言及する、それも三島の作品については潔癖なまでの態度で批評を加えることなく、三島自身を幾分悪意を込めて戯画化するというような仕方で言及する、そんな箇所を読むと「やっぱり好きなんだよな」と太宰が三島に言ったらしい言葉を思い出す。三島は太宰に対して同族嫌悪にも似た屈折した感情を抱いていたわけだが、大江はどうだったか。2019/09/03
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