内容説明
北陸の没落した旧家から骨董を学費がわりに持って上京した少年は、その夜雪の東京の街に響く銃声、血ぬられた2・26事件に遭う。暗い夜の時代をむかえる昭和初年に目覚めた青春の詩情と若者の群像を描く長篇(第一部・第二部)。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
やいっち
27
やはり、稀有な作家だったと痛感。もっと評価されていい。生まれが代々の回船問屋だったこともあるが(視野が広い)、育ちが金沢ということも大きかったようだ。三味線や箏曲、古美術への造詣、これは偶然かもしれないが、若くして英語に堪能となったことなど。上京し大学生となった時点で、並の若者じゃない。上京直後に226事件に遭遇したことなど、彼を社会性国際性をも高めた。 どこまでも自ら考え抜く精神。 読むほどに、感心する。次の仕事の日には早速、下巻へ。 2018/11/01
かふ
22
堀田善衛が漱石『坊っちゃん』のようにあだ名を使った自身の青春小説。実在の人物、芥川比呂志や鮎川信夫、田村隆一、中村真一郎らが出てくる。なかでも堀辰雄をモデルとする先生に感化される感じは『三四郎』に近いかも。ドストエフスキーのアリョーシャをモデルとした人物が出てきたりと興味深い。2.26事件から戦争へと突入していく社会の中で様々なことを体験していく成長物語。マドンナが監獄で拷問を受けた金子文子のようでけっこう悲惨な話もあるのだが、全体的には一人の個人に感情移入するよりは人々の変化を見る群像劇だと思う。 2022/07/31
しんすけ
18
どちらかと云えば硬質な題材が対象だが、淡々と綴られる文章に引きずられて読者は閉じるを惜しみ休憩することすら忘れる。 三人称で書かれて主人公は若者と書かれるだけである。だがその若者が心境がそのまま文章となっていて、一人称で書かれているような錯覚すら憶える。 堀田善衛自身の若き日の体験が文章となって自伝小説の雰囲気を醸しているのが原因なのだろう。 若者の大学進学時期は1936年のようで、二二六事件が如実に影響する。 堀田善衛が、ぼくの父と同年代なのだと考えさせられた。強い信念が必要な時代だったにちがいない。2021/12/03
風に吹かれて
18
富山県から没落した旧廻船問屋の息子が骨董品を売って学費にしながらK大学に進学。上京当日二・二六事件が起こる。仄暗さを増していく時代に青春を送った“詩人”たちの肖像。幅広く様々な人たちと出会い、私から見れば量質とも膨大なヨーロッパや日本の文学から得た経験など、自伝的本作を読むと“作家堀田善衛の作り方”がよく分かる。ヨーロッパの混迷する中世を描く後年の作品に至る道筋がよく分かる。“理”のみならず、作家の本筋であろう“情”も色濃い作品である。2018/12/25
Major
12
方丈記私記と併せて読むと、堀田さんを含めた知識人が、戦時中にどのようにそれぞれの青春を過ごしたかがよく理解できる。戦時中という状況下における青年知識人のそれぞれの知的生活と交流を、苦々しくもみずみずしく語ってくれる作品である。戦争という影が覆う東京の空のもとで学生時代を過ごした堀田さんが、国としての将来の方向も見えず、自身の身の処し方のよすがになるものも持ちえない、戦後派と呼ばれる文学人に共通する体験を、淡々とした語り口で丁寧に描写している。コメントへ続く2017/08/24