内容説明
わずかな手掛りをもとに、苦心惨憺、殆んど独力で訳出した「解体新書」だが、訳者前野良沢の名は記されなかった。出版に尽力した実務肌の相棒杉田玄白が世間の名声を博するのとは対照的に、彼は終始地道な訳業に専心、孤高の晩年を貫いて巷に窮死する。わが国近代医学の礎を築いた画期的偉業、「解体新書」成立の過程を克明に再現し、両者の劇的相剋を浮彫りにする感動の歴史長編。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ドワンゴの提供する「読書メーター」によるものです。
ヴェネツィア
414
小説の前半は前野良沢の評伝といったスタイルで推移するが、『解体新書』のあたりからは、俄然杉田玄白が表舞台に登場し、むしろ主役の座を奪いかねない勢いとなってゆく。小説の後半ではそれ以外にも平賀源内(吉村昭はどうやらこの才人が嫌いなようだが)や寛政の三奇人、高山彦九郎らにも紙数が割かれ、俄かに群像劇のごとき感を呈してくる。源内はともかく、彦九郎はテーマを拡散させかねないと思われる。ただ、良沢と玄白を大きく対比させながら描いてゆく手法は、小説に膨らみを持たせるばかりか、二人の人物造形としても成功しているようだ。2017/11/21
yoshida
181
オランダ語で書かれた「ターヘル・アナトミア」を苦心の末に和訳。出版された「解体新書」。前野良沢と杉田玄白が中心となり成された事業であるが、翻訳は前野良沢の力によるものだった。前野良沢の学問への考え方から解体新書へ訳者である彼の名は記載されず。名声を得て栄達する杉田玄白。名声を求めず訳業に邁進する前野良沢。対照的な一生ではある。しかし、それは己れの筋を通した生き方であり、筋を通した二人の生き方はそれぞれが幸福であったと思う。特に今も使われる神経等の言葉を生んだのは前野良沢の力による。実に読ませる力作である。2018/11/03
読特
104
人体の部位の絵の脇で、横に這っている得体の知れない文字。限られた情報源から推測し、格闘すること3年半。遂に出版にこぎつける。翻訳を行ったのは主に良沢。しかし、訳業関係者として彼の名は連なっていない。中途半端な出来には満足せず、言語を極めることに没頭する。いつの間にか人を遠ざける。誉れ高き名声と巨万の富を得た玄白とは対照的。寂しく見える晩年も、美学追求の1つの姿。…歴史の授業。江戸時代中期の必須で覚える出来事。「解体新書」。そこにも学ぶべき人生訓があった。各々がならではの道を生きて、今の医学と語学がある。2025/09/24
香取奈保佐
100
「死のせまった年齢だからこそ、学問にはげまねばならない」。「ターヘル・アナトミア」の翻訳に尽力した前野良沢と杉田玄白が「解体新書」の出版を機に異なった道を歩む。学問を踏み台とすることを拒み、ひとり頑なに蘭語を極めた良沢と、新しい学を世に広める意義を重視し、尊敬を集めた玄白。どちらも学問に対する姿勢は間違っていないだろうが、境遇の対比が印象的だ。新しいもの好きが高じて身を滅ぼした平賀源内の挿話も味わい深い。それにしても、良沢は47歳で長崎へ留学した。学問に早い遅いはないという、夢のある話でもある。2017/02/06
マエダ
97
社交性に欠け、頑固だが勤勉で一途な前野良沢と円滑な処世術に長ける杉田玄白。対照的な二人の解体新書作成譚、困難なものに立向う人間の姿を書かせたらやはり吉村昭氏はとても面白い。文章の所々に良沢贔屓を感じるのも著者らしくていい。2018/02/02




