内容説明
母の死後10年を経て、父の資料が詰め込まれている「赤革のトランク」が遺言によって引き渡されるのを機に、生涯の主題だった「水死小説」に取り組む作家・長江古義人(ちょうこうこぎと)。そこに彼の作品を演劇化してきた劇団「穴居人(ザ・ケイヴ・マン)」の女優ウナイコが現れて協同作業を申し入れる。「森」の神話と現代史を結ぶ長編小説。(講談社文庫)
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ドワンゴの提供する「読書メーター」によるものです。
燃えつきた棒
24
[HMCセミナー 大江健三郎「水死」を読む]に参加するために手に取った。 実際は『大江健三郎全小説4』で読んだのだが、感想が長くなり過ぎてしまうので、文庫本『水死』の感想としてアップすることとした。 【ーーしかし長江さんは、洪水の流れに乗り出すお父さんを、正気の人間として書きたかったのでしよう? ーーそうです。しかも思い込みは持ち続けていて、今度もそれを実現する必要な段階として川に乗り出した、と書くつもりでした。(略)父親が水底の流れに浮き沈みしつつ、振り返る一生の物語。それが「水死小説」なんです。→2024/06/14
こうすけ
21
スロースターターな作品だけど、息子のアカリさんと再び森で暮らすあたりから面白くなってゆく。どっぷり浸かって、読み終えるとふぅーっと息をつく安定の大江文学。どれだけ歳を重ねても精度が落ちないのはすごい。引用による独特な文体、クライマックスの不思議なカタルシスは健在です。2024/12/28
かっぱ
10
過去の作家と自認している老作家の最後の大仕事として、父を題材にした「水死小説」に挑もうとするが、小説の資料が詰まっていると思われたものの中にそれらしきものは見つからず狼狽える。何度も夢に見てきた父の死地への旅立ちのシーンは、母が残したテープによりその真相が明かされる。作家の作品を劇化してきた劇団員に感化されつつ、郷里の森の中で、土地の歴史や現在の家族、過去の家族について思いを巡らせる。「水の中の森」という魂が還ることのできる場所を持つ地域というのは、それだけで、豊かな文化があるように思えた。2013/01/06
Majnun
8
まずは、劇団穴居人の女優ウナイコが演劇の素材に使う、夏目漱石の「こころ」。 ここに書かれる先生の遺書に書かれた「では明治の精神に殉死する」という言葉。 次に老作家長江古義人(ちょうこう・こぎと)=大江健三郎が、抜き差しならぬ事情で最後の小説のテーマに選ぶ「父の水死」。 古義人の父の「昭和の精神への殉死」。 そして、この水死の際、携行した赤革のトランクに入っていた「金枝篇」の原書に象徴された王殺しと森を守ることの神聖性。 このいわば森の神話と現代史の接続の試みを軸に、障害を持つ作家の息子アカリと父の確執と雪2013/07/11
Francis
6
大江健三郎の最新の小説。著者の故郷をモデルにした「森」で展開されるこれまた著者自身と思われる作家と家族、そして周囲の人間による物語。今作は前に書かれた三部作よりも時代状況に対する危機意識が強く反映しているような気がする。とは言え、今作も面白く読めた。著者の年齢から考えるともしかしたら今作が本当に最後の小説になってしまうかもしれないが、かつて最後の小説にする、と宣言して書かれた「燃え上がる緑の木」三部作に比べると、この作品の方が遙かに優れていて、最後の小説にはふさわしいと思う。2013/08/27




