内容説明
昭和6年、若く美しい時子奥様との出会いが長年の奉公のなかでも特に忘れがたい日々の始まりだった。女中という職業に誇りをもち、思い出をノートに綴る老女、タキ。モダンな風物や戦争に向かう世相をよそに続く穏やかな家庭生活、そこに秘められた奥様の切ない恋。そして物語は意外な形で現代へと継がれ……。最終章で浮かび上がるタキの秘密の想いに胸を熱くせずにおれない、上質の恋愛小説。第143回直木賞受賞作。山田洋次監督で映画化。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
海猫
806
まずもって古風で芳醇さ漂う文章が素晴らしく、さらに構成や仕掛けが素晴らしい。はっきりしたテーマは有るものの秘めたものとして描く奥ゆかしさ、特に忍び寄る戦争の影が静かに恐ろしい。読み終わってからくる余韻が実は本当の読みどころで文章を味わってる最中には気づかなかった淫靡さにも驚く。2014/02/25
抹茶モナカ
495
急速に過去となりつつある戦時下の昭和の日本の風俗を描いた小説。ふわふわした文体を追って、読み進めるうちに、切ない気分になった。昭和も、戦争も、過去になって、そのうち、昭和生まれの僕の幼少期も、ノスタルジックなものになるのだろうな。2014/08/17
れみ
429
太平洋戦争のころ東京で女中をしていたタキが赤い三角屋根の家に住む平井家での日々を振り返るお話。現実にありそうにも感じるけどおとぎ話のような雰囲気もあってとても不思議。タキの後悔しているその理由を理解したつもりで読んでいたのに終盤でそれが違っていたのかもと思わせてのラスト。なにがどうなっていたのか…とても気になる。2014/03/15
エドワード
342
山形から東京へ奉公に出た少女タキは時子の元で働くことになる。時子の再婚で平井家へ赴く。赤い三角屋根の家での二人の絆の物語。モダンな昭和の暮らし。私鉄で新宿へ出て銀座へ。歌舞伎座、資生堂。正月。鎌倉の別荘。戦前の東京が鮮やかに蘇る。時子の、陽炎に揺れるワンピース、匂いたつ夏の和装の美しさ。タキの視線の、私たちが習わない昭和十年代。そして私たちが知っている太平洋戦争。終戦間際に山形へ帰るタキ。終戦後、タキが時子の死を知る場面では涙が出た。まぎれもないタキの昭和史。時子の秘めた恋。胸に迫り来るものがあった。2013/07/06
pino
270
「頂戴」。中学の図書室で読んでいた文芸作品に登場する奥様は「~して頂戴」と会話していた。大抵の奥様は色白の着物美人。小鳥のように繊細な神経を持ち、時に道ならぬ恋に身をやつす。以来、私の中で漢字の「ちょうだい」=裕福な奥様となった。久々に「頂戴」が似合う人に会った。時子奥様だ。女中のタキは賢く立ち働き、家族からも信頼されている。小さな家の秘め事はタキの回顧録に記されるが、書けない空白の時があったようだ。ミステリアスな展開と、ひたひたと迫る戦争の足音を消す都会の喧騒と高揚感が相まって、じんわりと染み入る一冊。2013/04/27