内容説明
荒神様!荒神様! 猫が死ぬのが怖くて小説が書けません!荒神様は日本中を巡行して、小さな建て売り住宅のわが家に来た。わが家では老猫が進行性の痴呆症にかかり、その看病で私は心身ともに限界だった。もしも猫が死んだら、私はどうやって生きていけばいいのか。ダンジョン――空想上の洞窟――内で荒神様と猫と私の共生が始まる。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
禁酒パンヤ
4
いやー母の発達とか、金比羅とか読んでいたら、もう少し理解できたんでしょうか?文中に文脈の読めない読者とあったけど、私それですわ。わかりませんでした。理解できてない。猫の介護が本当に大変で、身内の相続問題でもめて、ひどいストーカーに刺し殺すと脅されて、ネットでいわれのない批判をされて、とんでもなく辛い日常をやり過ごすのに、現実とは違う世界を生きているのかなぁ。数々の賞をとってらっしゃる作家さん、解る人には解るんでしょうねぇ。2015/06/25
Yuji
4
迫力あります。自分の狂気、妄想を飼い慣らして言語化。すごいです。誰も追随できません。2013/03/30
伊藤螺子
4
近作とこれまで作者がくぐり抜けてきた諸々についての文脈を知ってる前提で書かれているので、初期数作以来久しぶりに読む自分にはその内容が汲み取りきれなかった部分も多い。それでも、ここまで異様で、切実で、「私」の射程が広い私小説もそうそうないと思った。これまでの作品の前提やアイデンティティを揺るがす家族の嘘を知った虚脱や、長年連れ添った老猫の介護で過ぎゆく生活の中で、消された神を呼びださねばならないほどの切実さが、「私」や「あたし」や荒神やらの揺らぐ語りの隙間から、不意にのぞく。もっと笙野作品を読まねば。2013/01/29
rinakko
4
久しぶりに読んだ笙野さん。脊椎湾曲、癲癇から認知症へと老化が進んだ、愛猫の介護に明け暮れる日々。それでも、残された最後の時間を楽しく、ドラと幸福に過ごせるなら…と、猫ダンジョンを作り出した。“神はいない、そんなことはわかっているけれど信仰の形は必要、だから神も要る”という理屈からなるプチ信仰が、ここでは(家内)宇宙最強の神様、荒神様へとたどり着いている。確かドーラって、とても気品のある美猫さんでしたよね…と思いつつ。あとがき小説も相変わらず凄くて、深い溜息がこぼれてしまう。2012/10/25
ndj.
3
猫が死ぬのを恐れるゆえに時間の流れさえせきとめ、未来へと繋がるダンジョンを形成してしまう。言葉の可能性の限界突破だ。乗り越えられない悲しみを前にここまでのことができるのか。もう戦慄するしかなかった。2016/10/24