内容説明
日本に残されたお稲は偉大な父・シーボルトを慕って同じ医学の道を志す。女の身で医者になることなど想像すらできなかった時代に、父の門下生を各地に訪ね産科医としての実力を身につけていくが、教えをうけていた石井宗謙におかされ、女児を身ごもってしまう……。激動の時代を背景に、数奇な運命のもとに生まれた女の起伏に富んだ生涯を雄渾の筆に描く吉川英治文学賞受賞の大作。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
ヴェネツィア
398
「いね」の生涯はまさに波乱万丈とでもいうべきものだが、それは彼女が生きた時代ーすなわち幕末から明治初年にかけての大動乱期ーが深くかかわっているだろう。人は誰も生まれる時代と場所を選ぶことはできないが、彼女にとってそれは幸福だったか。そうではなかったとも言えるし、また彼女は自身の宿命を生きたのだとも言える。結末部は随分と寂しく終息していくが、それこそがまた彼女の生であったのだ。もし、人に与えられた使命が生の軌跡を残すことであったとするならば、やはり彼女は十分にそれを果たしたのである。2022/09/22
yoshida
168
シーボルトと滝の娘である稲こと楠本伊篤の幕末から明治半ば迄の激動の生涯。医師を志した稲が予想もつかぬ苦難にあいながら、娘を産み宮内省御用掛へ昇りつめる。自分と同じ苦難が娘を襲うが、三人の孫に恵まれる。奇跡的に会えた父シーボルトとの歓喜の対面と、「男」の面を見せるシーボルトへの嫌悪と甦る忌まわしい記憶。周囲の人々の死に逢いながらも歩き続ける稲。ハーフの女性が江戸から明治にかけて成し得た事柄、彼女の意思と志に胸を打たれた。現代の私は何を成す事が出来るだろうか。重厚感あり起伏に富む、長編だが一気に読ませる名作。2016/02/22
kinkin
88
上巻に続き一気読み。歴史的な出来事のペリー来航、安政の大獄や桜田門外の変、幕末、明治維新等を背景にお稲の生涯が描かれている。強姦されて師の子供を孕み産みそして育ててゆくお稲の生き方は今で言うシングルマザーと比較しようなく大変だったと思う。人を許すことや受け入れることの重さ難しさ一方では大切さが見えた気がする。激動の時代を生き抜いた主人公を描いた長編、読み応えがあった。そして吉村昭氏の力量にまたもや圧倒された。関係ないが読み終えた頃、失敗しないという女医のドラマをやっていた。2016/11/17
夜長月🌙
86
吉村さんの作品の中でも三本の指に入る名作です。司馬遼太郎「花神」でシーボルトの娘、イネが出てきたのでこちらの「ふぉん・しーほるとの娘」も読んでみました。どちらも同じ江戸時代末期を切り取っているのですが視点が違います。本作品は幕末における海外からの圧力を詳しく描いています。各国の要求やその中で幕府側に付く外国人。幕末の歴史小説はたくさんありますが新しい視点ではないでしょうか。もちろん、登場人物はかなり重なるので複合的な見方で人を見れるという楽しみもありました。2020/08/20
タツ フカガワ
60
産科医として生きる決意をしたお稲は、医学の師と仰いでいた石井宗謙に犯され身籠ってしまう。心に深い傷を負い一時は医師をあきらめたお稲だったが、そんなとき父シーボルト再来日の知らせが届く。時代は鎖国から開国へ、そして明治へ移っていく。読んでいる最中、鼻の奥がツンとすること度々。「女の身で医学を修めるには、想像を絶した御苦労があったことと御推察いたします。よく今日まで学問を捨てずに来られました。敬服のほかありません」と作中、福沢諭吉がお稲に向かっていう言葉は、本書の感動を伝える言葉でもありました。名著ですね。2021/01/07