内容説明
〈虚飾を焼け、虚栄を打て〉メディチ家を糾弾する修道士サヴォナローラの舌鋒にフィオレンツァ市民は次第に酔いしれ、熱狂していくのだった。盛りを過ぎた大輪の花が散り急ぐかのように花の都の春が終わりを迎えるのをひしひしと感じる「私」だが――ボッティチェルリの生涯とルネサンスの春を描いた長篇歴史ロマン堂々完結。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
k5
63
ついに読了。四巻はサヴォナローラの巻で、かなり強烈な描き方がされています。フィレンツェの創り上げてきた文化を否定し、焼き尽くすようなかれの言動に、古典学者である語り手は動揺するのですが、娘のアンナはその思想に心酔するという、家族を絡めたドラマが魅力を増す一方、本題だったはずのボッティチェルリはどこに?と思っていたら、こういう締めくくりですか。そのオチには納得できるようなできないような感じですが、フィレンツェの都市の物語として大傑作と思いました。2021/07/19
Gotoran
46
ロレンツォ亡き後、世紀末のフィオレンツァは修道士ジローラモ・サヴォナローラの支配下に。神権政治で贅沢を批判し質素な生活を人々に強要し、栄華を極めたフィオレンツァは衰退していのだった。大輪の花が盛りを過ぎて散り急ぐかのように花の都(フィオレンツァ)の春の終焉をひしひしと感じる語り手(フェデリコ老人の)だった。本巻では、サンドロの語りが少なったが、最後のアンナの手紙の言葉が印象的だった。サンドロ・ボッティチェルリを通したルネッサンス期のフィオレンツァを描いた辻作品を堪能することが出来た。2021/11/13
たかしくん。
34
最終巻は一気読み。予想通りフィレンツェの衰退に、更に1冊丸々が「ジロラモ・サヴォナローラ」といっても差し支えないでしょう。ロレンツォの死を契機に花の都を追われたメディチ家と、ジロラモの急速な台頭(私自身はその名前すら知りませんでしたが)。氏の目指す<祈りによる統治>のために、一切の虚飾を捨てるストイックな施策。それが行き過ぎた大衆扇動に繋がりやがて自滅するところは、いずこも一緒。アンナの手紙の「私たちが地上にいるということだけですでに一切が成就している」のフレーズと共に、静かで美しい幕引きが印象的です。2016/07/24
chang_ume
8
フィレンツェ・ルネサンスの絶頂、そして滅び。汎神論と一神教が交錯した〈神的なもの〉の定立から、人文主義とキリスト教を習合させた新プラトン主義が、全体を通じた思潮だろうと思う。イデアの現前を描く傾向は、思えば他の辻邦生作品に一貫したテーマであり、あるいは今作こそ著者渾身の内容なのかなと。その分、登場人物たちは人格的個性よりもルネサンス的価値観の語り部といった役割が強く、読書体験としてはやや弱いかもしれない。ただ、とても感動しましたよ。黄金期のフィレンツェに居合わせたような臨場感。これを読めて本当によかった。2020/03/12
noémi
7
「ヴィーナスの誕生」を描いた後、フィオレンツィアは最後の春を堪能する。しかしロレンツォが死と同時に、サヴォナローラが台頭し、さながら中国の文化革命のような破壊。集団ヒステリー。無知蒙昧な民衆を見ていると為政者はみな、シニカルなマキャベリストになるしかないという怒りを感じる。共産主義って素晴らしいけど、そこに愛というか、民度の高さがなければ絶対に到達できないワザだと思う。なんかいつもぐるぐる思想に振り回わされて、腑抜けみたいになったサンドロにイライラ。19世紀まで再評価されるまで、彼の絵は忘れ去られていた。2012/05/16